35 懐かしい再会
「もっとガンガン魔法ぶっ放しなさいよ! 何サボってんの!」
「やってるわよ!」
威勢のいいやり取りは、綾子と藍子の間で交わされる微笑ましい会話である。
眼の前には巨大な節足動物と思しき『エーテル虫』。
時折口のような器官から腐食性の粘液を吹き出すために、サブと綾子は接近戦が出来ないでいる。
サブは突破口を開こうと時折脚をへし折っているものの、何本あるか数える気にも慣れない脚は折ってもすぐに生えてしまう。
菫も魔法を使って攻撃を続けているが、エーテル虫の特性として、魔法攻撃はよほどの出力でもないと、魔法の起動に使われたエーテルを吸収してしまうため、ほとんど効果がない。
「あぁもう! ほら、何かこう、あるでしょ! 大魔道士なんだから派手にドカんとブッ放して! キンタマついてんでしょうが!」
「ついてるわけないでしょそんなモノ! もうちょっとデリカシーってもの持てない?」
「そんなモンで腹は膨れない! ほらほらガンガン行って! 怪我したら治せるから!」
ああもう、と再度ぼやいてから、藍子は師より譲り受けた白銀の杖を高く掲げ、何かの呪文の詠唱を始めた。
「動きを封じ込めるわよ! 『岩の牢獄』!」
広間の石畳が突如盛り上がり、六角形の美しい格子模様を形作りながらエーテル虫を取り囲む。
かなり頑丈な岩が網のようにエーテル虫の動きを封じ込めた。
「よし、離れろ」
巨体の割に身軽なサブが岩の檻の上に駆け上り、エーテル中の背中に発剄を打ち込んだ。
打撃による攻撃は通りが良いようで、サブは度々、虫の正中線に当たる場所に発剄を打ち込み続ける。
何発目かの発剄を打ち込むと、エーテル虫の足の動きは弱々しくなる。
サブが大きく腕は振りかぶって呼吸を整えていた動きを不意に止め、何故かエーテル虫から距離を取る。
「何、どうしたのサブ? トドメは」
「お嬢、こいつは……あいつじゃねぇか……」
サブの視線の先には、エーテル虫と融合してしまった人のようなナニか。
人間だとしたら、鳩尾から上だけが露出している状態で、両腕は虫の体内にめり込んでいる。
「す……須藤くん……?」
藍子がからん、と杖を落として後ずさる。
青ざめた顔でガクガクと震え、その場にへたり込んでしまった大魔道士をよそに、綾子は平然と岩の網の向う側にある、かつて人であったナニかをまっすぐに見上げた。
「あぁ、たしかに見覚えあるわね。たしか……佐藤だったか加藤だったか忘れたけど、あの陽キャのガキ」
「須藤誠くんよ……訓練のときに、魔族を殺させられて……それ以来、私もだけどお酒無しで眠れなくなって……」
藍子は時々『うえっ』とえずいていたが、とうとう広間の床に吐いてしまった。
「ったく……だから無責任に力を使うだの何だの、軽々しく言うなって言ったのよ。意識もなさそうだけど、まぁ活かしておく理由はないわね」
「ま、まって! 同じ日本人でしょ? ねぇ、どうしてそういう事出来るの?」
はぁ、と忌々しげにため息をついてから、綾子は藍子を傲然と見下ろす。
「良いの? コイツを活かしておいたら、アンタがいま血眼になって探してる子供は生贄にされるわよ? それでもコイツを活かしておく? 意識もないし、このまま生きていけるかどうかもわからないコイツを?」
藍子は咄嗟に答えることが出来なかった。
命を天秤にかけて、どちらを選ぶかという問いに等しいものだった。
自分が守ると誓った、まだ最初の言葉を口にしたばかりの赤ん坊と、行きているか死んでいるかも分からない元同郷の他人。
冷徹に考えるのであれば、どちらに手を差し伸べるかなど、答えは明らかだ。
「答えが出ないなら、それが答えよ。コイツは多分、この虫と同化してる。コイツを治して虫だけ殺す、なんてことは多分ムリね。仮に出来たとしても、私はコイツを生かしちゃおけない。勇者なんていう肩書に踊らされて、結局はクソの役にも立たなかった。私はこの工藤だか権藤だったか知らないけど、コイツには何の思い入れもない。このざまで息だけしてるっていうなら、いっそ楽にしてやるのも同郷の情ってやつじゃないの?」
不意に、かつて須藤誠であった者の口が開き、ひゅー、という耳障りな呼吸音を立てる。
息を吐くと同時に、何かを呟いているような音。
サブが耳を少し近づけて、綾子を手招きする。藍子もふらつきながら立ち上がり、かつての同胞の顔に近づいた。
「コロシテ……コロシテ…………コロシ……テ……」
それが明確な意識のもとにくだされた決意かは誰にもわからない。だが、言葉通りに受け取るならば、かつて勇者として持て囃されたこの若い男にしてやれることはただ一つだ。
「恨むなら私ひとりを恨みなさい。貴方を治療もしない。死にたいならさっさと死ねば良いわ」
「……テ……コロシ、テ……」
「同郷のよしみよ、せめて即死させてあげる」
綾子のドスが、人間であれば心臓をななめ下から貫くように深々と刺さる。
くぅ、という妙な声を上げ、勇者として召喚された日本の若者、須藤誠は、その短い人生を終えた。




