34 居るはずの赤子
「お嬢、やっちまいましたね」
「え、いや、ちょっと、これは不可抗力じゃない?」
「権中僧正、こいつは俺の孫娘でゴルドベルク王国に住んでる、笹川綾子だ。知らんこととは言えご無礼を」
浩二は深々と白髪頭を下げる。
「笹川さん、どうぞお顔をお上げ下さい。今は細かな事にこだわっていられる状況ではありません。まずは陛下の御身の安全を確保しなければ」
「よし、百八龍も協力しよう。おいホセ」
「へぇ」
隻眼の男が身をかがめるように頭を下げる。
「たった今から百八龍は公式に盾の派閥と協力する。まずは陛下の玉体をお護りする。警護出来る奴らを手配しろ」
「へい!」
「綾子、サブ、すまんが子供の捜索に避けるモンは少し減らすことになる。そっちは5人で手が足りんかもしれんが……」
「大丈夫よお祖父ちゃん、こっちはまかせて。僧院が無人だって言うなら、大っぴらにカチコめるわよ」
威勢のいい孫娘の言葉に浩二は肩をすくめ、サブは肩を竦める。
「あ、あや、ああ、あ、あや、こ、さん」
「ん? どしたのスミレちゃん?」
「ま、ま、ま、魔法、魔法、つか、使って、み、みる」
菫はゆっくりと手を挙げ、目を閉じる。
薄暗い王宮の入口ホールに光の玉が現れる。
『さがせ』
ソプラノの美しい声が広間に反響すると、光の玉が勢いよく分裂し、まるで猛スピードで飛ぶホタルのように王宮内へと散らばっていく。その数はもはや目視で数えることを一瞬で諦めるような、弾幕と言っていいほどの数になり、王宮の窓から外へ飛んでいくものも少なくない。
『我が主スミレよ、吾輩も手伝うとしよう。センチネル』
『はい』
『僧侶に連れられた赤子を探せ。草の根分けても探し出せ』
『御意。妨害を試みたものは如何しますか』
『殺せ』
『御意』
ごくごく短い指示のあと、センチネルと呼ばれた小柄な少年のような三つ目のナニかは、身体が半透明になってからふっと見えなくなる。
「さすが賢者よねぇ、スミレちゃん……どんな魔法なのか全然想像もできないけど」
「私も想像出来ないわね……」
綾子と藍子は並んだ状態で、菫の術をじっと眺める。そのすぐ後ろに立つ浩二とネイオミも目を見張っていた。
「綾子、ありゃあ何だ」
「わかんない。私魔法使えないもの。……そういえばお祖父ちゃんのスキルってなに? 私は法術士だった。こっちのは大魔道士で、あの子は賢者だった。あとサブは拳王だって」
「なるほどな、そのスキルってのはどうやって調べるんだ?」
「あれ、お祖父ちゃん調べたことない?」
綾子が思わず振り返ると、直ぐ側に立っていたネイオミがおずおずと手を挙げる。
「もしよろしければ……シンカー僧院の総本山に神託の水晶があります。神託鑑定なら私が出来ますが……」
「あ、ちょうど良いんじゃない? お祖父ちゃんやってもらったら?」
「まぁそうだな、時間がありゃな」
呑気に話をしている数名のもとに、とことこと菫が歩み寄ってきた。
「あ、あか、あ、あっ、赤ちゃん、こ、ここ、には、いない」
「……そう……なのね……」
「で、で、でも、あ、あの、あ、お、大、大きい、む、虫、が」
「大きい虫!?」
思わず飛び退いた藍子は、すぐに平常心を取り戻す。
徹頭徹尾虫がニガテな藍子でも、おそらくは『虫の近くに赤ん坊が居る』という状況なら、悲鳴をあげながらでも赤ん坊を救い出すだろう。
「ち、ち、ち、地下、ち、地下に、おお、大きい、へ、へや、があ、あっ、あって、そ、そこに」
「地下の大きい部屋……僧院の地下礼拝場でしょうか。私で良ければご案内できますが」
「そうね、ちょっと行ってみましょ」
「む、虫のところに……?」
「そうよ。ほらガタガタ言わない。踏ん張るって決めたんじゃなかったの?」
まだ右往左往する僧たちを脇目に見ながら、城内のかなり大きな階段をおりていく。
地下何階くらいまでおりただろうか、ゆうに地下4階程度の深さに降りた先にある大きな広間の扉の前も、やはり無人の状態である。
「ここは必ず僧院の律師達がいて瞑想をしているはずなんですが……」
到底ネイオミや綾子、藍子の細腕では開けられなさそうな扉だが、サブが片手でぐっと押すと重い音を立ててゆっくりと扉が開いた。
「ひぃっ!?」
藍子が思わず悲鳴をあげて一歩飛び退く。
流石に、眼の前の光景をみた綾子も、藍子を攻める気に離れなかった。菫も珍しく嫌悪感を持ったようで、眉をハの字にしてぎゅっと杖を抱きしめた。
「サブ、中に人は」
「1人もいませんぜ。デカい虫だけだ」
「よし、行くわよ」
「ちょ、ちょっと待って笹川さん! 何しに行くのよ!」
「アレがホセさんの言ってたエーテル虫だとすると、あいつが持ってるエーテルとやらが勇者召喚に使われるってことでしょ? 始末しておけば、召喚を先送りさせられるかもしれない。なら——」
綾子がマジックバッグから、刃渡りの短い刃物を取り出す。綾子やサブが『ドス』と呼ぶ、ヤクザ者御用達の柄ものだ。
「始末するに越したことはないでしょ」
綾子に続いて菫も一歩踏み出した。
怯えた目をする幼い王に、綾子は歩み寄ってしゃがみ込み、視線の高さをあわせ笑みを浮かべる。
「怖いわよね。でも大丈夫。すぐ終わるから、このお姉さんと一緒にいるのよ」
アルターは小さく頷き、ネイオミの法衣にしっかりと抱きついた。
「お待ち下さい。せめて私から」
ネイオミが手を高く掲げ、手のひらを綾子達に向ける。
何事かを小声で呟くと、サブや藍子の身体が薄い光のベールのようなものに包まれた。
「守護の法術です。皆さんに精霊の加護がありますよう」
「ありがとアケミさん」
「……あ、あの、ネイオミです」
「あぁ、ゴメンなさい、私人の名前覚えるのがニガテなのよ。それじゃあお祖父ちゃん、ちょっと暴れてくる。ここにいて」
「おう。じゃあサブ、頼んだぞ」
「もちろん」
綾子とサブ、それに浩二の3人は早々に覚悟を決める。菫は既に臨戦態勢だ。
「あぁもう……わかったわよ、私も行くわよ」
ようやく覚悟を決めた藍子が杖を掲げると、全員が広間の奥へと視線を向ける。
その先に、アフリカゾウよりも遥かに巨大な、不気味な節足動物のような怪物がうずくまっていた。




