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31 逃走と闘争

「俺達百八龍と盾の派閥は、それぞれトップ同士で何度か顔を合わせててな。百八龍は俺が、盾の派閥はネイオミ権中僧正って尼僧だ。役割分担についてもネイオミの姐さんと話し合って決めてる。姐さんは国王陛下の教育係をしてるって話でな。一番陛下に近い立場だ。今んとこ、剣の派閥も陛下をどうこうしようって腹はねぇらしい。で、問題は俺達の方だ。おいホセ」

「へィ組長(おやッさン)

 

 浩二の指示に機敏に答えるホセは、壁に掛けられた大きな地図の一角を指さした。

 

「つい4日前でさぁ、剣の派閥の連中がやたらデカい荷車を王都に運び込みやがったンですがね……あっしの調べじゃあ、アレはエーテル虫ですぜ」

「エーテル虫……?」

 

 藍子が虫と聞いて眉間にシワを寄せる。彼女は幼い頃から、日本にいる頃から虫が大嫌いであった。

 特に日本の家庭で良く見かけられる『黒い羽を持つ六本足の悪魔』ことGは、地球上で人類と共存することは絶対に不可能であると考える数少ない生物である。

 

「まぁ、虫って言ってもアレでさぁ、まぁ脚がやたらたくさンあって他の生物を身体に取り込ンで、エーテルを増幅させるっていうなかなかタチの悪いアレなンでさ」

「そいつが運び込まれた? ……それはどういう目的?」

「へぇ、あっしの予想ですがね、こいつァあっしら百八龍の活動のせいで攫われる貧民が減ったッてンで、勇者召喚術に必要になる膨大な量のエーテルの調達が難しい、こいつはマズいってンで、エーテル不足を補うためにエーテル虫を使うことになったンじゃねぇかと」

「まぁ、大筋はホセの考え通りだろう。あと、もうひとつの情報だ。サンサルバシオンから子供を攫ってきたって話だが」

 

 突然の話題に藍子が思わず立ち上がる。

 

「その子は! その子はどこにいるの! 私の子なの!」

「ほう、なるほど。お嬢さんの子だったか」

 

 浩二は引き締まった顔でひとつ頷く。ゆっくり立ち上がって地図上の一角を指さした。

 

「恐らくだが……いや、8割くらいの確度か、その子供はここ、シンカー僧院の総本山にいる。勇者召喚術が実行されるのもここなはずだな。俺が召喚されたのもここだ。となりゃ次やるとすれば、ここしか無いだろ」

「総本山かぁ……絶対警備は硬いでしょうね。国境とか城門みたいに小銭渡して素通りなんて事はないだろうし、どうやってカチコむかよね」

「まぁそうだろうな。潜入するのは至難の業だ。壁でもすり抜けられりゃ別だがな」

『容易いことだ』

 

 唐突に、広間に低い声が響く。

 ホセも浩二も、先程まで見ていたはずの空間に、突如血色の悪い男が現れている。

 

「あぁ、彼はアシュさん。私たちの味方で、一応はリベルタドールのメンバー……よね?」

『まぁそういうことにしておいてやろう。その僧院とやら、吾輩が行ってきてやろう。赤子がいたら攫って来ればよいのだろう? 容易いことだ』

 

 浩二はあまり動揺していなかったが、ホセは腰に備えた短剣に手をかけている。

 

「落ち着けホセ」

「い、いや、組長(おやッさン)、落ち着けって……こいつ一体どこから」

『吾輩ならばこういう事が出来る。監視が何千人いようが壁が何枚あろうが、吾輩には無いも同然だ』

 

 傲然とホセを見下ろした大悪魔は、ちらりと菫に視線を向ける。

 

『どうだ、我が主スミレよ、貴様が命ずればその赤子、吾輩がここに連れてきてやろう』

「お、お、おね、おね、お願い」

 

 こくりと大きく頷いて菫がアシュタロスに一歩歩み寄り、漆黒の装束をぎゅっと握る。

 

「あか、あ、あっ、あ、あか、赤ちゃん、たす、たすけ、た、助けて、あげて」

「決まりね。じゃあアシュさんお願い。この僧院とやらに行って、赤ん坊を攫ってここで保護をする。そうすりゃ、言ってみれば人質取られるってことにもならないしね。ひとまずは僧院内部の状況確認、ンで赤ん坊の救出。アシュさん、いつ行ける?」

『我輩を侮るな。今からでもすぐ行ける。しばらく待っていろ』

 

 眼の前でアシュタロスの姿が霞のように消える。

 流石に浩二も少しばかり驚いたようだが、すぐに冷静さを取り戻す辺りは、流石レジスタンス組織の親分といったところだ。

 

「しばらくは待ちか……ホセ、お客人に茶のおかわりをお出ししろ。それに茶菓子もだ」

「へい」

 

 広間のテーブルに、手際よくコーヒーとクッキーが並べられると、誰よりも早く菫は席についてクッキーに手を伸ばした。

 

「サブ」

「はい組長(オヤジ)

 

 浩二はサブに歩み寄り、肩に勢いよく手を乗せると穏やかな笑みを浮かべる。

 

「綾子のこと、よく守ってくれた。礼を言うぞ」

「滅相もねぇ。俺はお嬢を組長(オヤジ)から任されたんです。何があってもお嬢だけは守ります」

「そうか。お前がいりゃ俺も安心だ。コイツときたら、考える前に動くからなぁ」

「そいつは違いねぇ。お嬢は一回死にゃあ少しはお淑やかになるかと思ったんですが——」

「何言ってんだサブお前ェ、その程度でこいつがお淑やかになるなら、俺だってこんなに心配する事ぁなかったぜ?」

「ちょっとおじいちゃん、サブ、言い方」


 男2人が苦笑すると、当の綾子は実に不満そうに頬をふくらませた。

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