30 組長、笹川浩二
部屋の奥の席に腰掛けていた白髪の男は、にっと歯を見せる笑顔を浮かべてゆっくりと立ち上がった。
「おう、2人とも。噂通り元気そうで何よりだ」
「お、お祖父ちゃん!?」
百八龍の首領として紹介された白髪頭の男は、悠然とサブと綾子に歩み寄った。
「久しぶりだ、事務所で死んで以来か?」
「え……ええええっ!? ちょ、おじ、え? お祖父ちゃん? 何で? 死んだハズじゃなかったの? 何で? 生きてたの!?」
「オヤジ! なんでこんなとこに?」
「おいおいおい、2人とも質問はあとにしろ。ほら、後ろさんが困ってらっしゃるだろうが。まずは座れ。話はそれからだ」
白髪をポニーテールのように束ねた初老の男、笹川浩二は、綾子の祖父にして北海道の武闘派任侠集団、笹川組の正真正銘の組長をつとめていた男だ。
全員が席について、暖かい飲み物とシンカー王国名産のバニラをふんだんに使った、焼きたてのクッキーが配られたのを認めてから、浩二が再びゆっくりと椅子から立ち上がる。
「改めて、笹川浩二だ。今はこのシンカー王国で『百八龍』の組長をやってる。まぁ綾子とサブは、言いたいことも聞きたいことも山ほどあるだろうが、今はゴルドベルク王国のネストリウス大将軍からの返事を聞かせて貰おうか」
「ありがとうございます、笹川組長。では、我らの大将軍からの返答はこちらに」
ノーム族の男は巻物を取り出して隻眼の男ホセに手渡す。ホセは手際よく巻物を浩二に手渡すと、浩二も慣れた手つきで巻物を開き、満足げに大きく頷いた。
「うむ、承知した。では大将軍には、こちらからも『よしなに』と伝えてもらいたい」
「承知しました。大将軍も、ヨシュア陛下もお喜びになると思います」
「一応、こちらの状況を共有しておこう。我々『百八龍』は、シンカー王国内の盾の派閥と密かに連絡を取っている。目的はふたつ、勇者召喚術の阻止と、それから幼い国王アルター陛下の玉体の保護だ。それぞれ盾の派閥が王の保護、我々百八龍が召喚術の阻止のために動いてる。王の保護についてはなかなか一筋縄じゃいかんようでな、下手をすると若き王を弑し奉るなんていう大馬鹿が出かねない。目下のところは召喚術の阻止をメインの目的として動いてる、っていう状況だ」
暖かい、生姜の風味のする茶を飲んでから浩二は不敵な笑みを綾子とサブに向けた。
「一応、俺の事も話しておこうか。さっさと話せって顔してるな、2人とも」
綾子とサブは、まったく同じ顔で同時に頷いた。
浩二の話は、淡々と語られた。
綾子とサブとともに、北海道の事務所で敵対する組の鉄砲玉がおこなった爆弾テロにより、浩二も即死の状態で命を落とした。
気がついたら、何故か周囲には誰もおらず、ただ薄暗い建物の中でうつ伏せに倒れていたことだけが理解できた。
「まぁ、俺も何が起きたのかは全然分からなかった。事務所にいたはずが、いきなり見も知らない場所で倒れてたからな。ま、腰痛が治ってたのは不幸中の幸いだったがな」
浩二に気づいたのは、僧服を纏った若い僧である。
不思議なことに言葉も分かり、また神社仏閣を訪れるのが趣味であった浩二にとって馴染み深い僧服を着た僧は、身よりもなく行く宛もなく、怪我を追った孤独な初老の男を保護し、治療を施したうえで食事まで世話をした。
一宿一飯の恩義に報いるために、しばらく僧たちの寺院で掃除や修繕の手伝いをして過ごしていたが、やがてこの国がシンカー王国という聞いたこともない国であり、ベスタ・プラデッラ大陸という、地球に存在しない大陸の南にある小国である事も学んだ。
これは後に判明することだが、シンカー王国における1回目の召喚実験は、サンサルバシオン王国の神官長、ネメスが実行したのとほぼ同じタイミングで行われた。
召喚術には月の満ち欠けや星の配置などが重要な要素になるため、どうしても実行タイミングが限られてしまう。
このために、浩二だけはサンサルバシオンによる召喚ではなく、シンカー王国僧院の召喚に巻き込まれた形となった。
僧たちの噂で、犬猿の仲であるサンサルバシオン王国で勇者召喚が行われ、超大国ゴルドベルク王国と戦争になった、という話も入ってきたのは、浩二が召喚されてしばらくのことである。
浩二にとって驚きであったのは、両国間の戦いで大活躍をした者の内、2人の名前に聞き覚えがあったことだ。
バルトークの聖女、笹川綾子に、拳王であり、さらにゴルドベルクにおいてバルトークの守護神と呼ばれた軍の重鎮、エミリア・ダンタン中将と結婚した大河内佐武郎。
「こんなとこまで、私たちの噂が届いてたのね」
「そりゃあそうだ。それだけ暴れまくったんだろ。さすがは俺の孫娘だ」
わははは、と豪快に笑って、浩二は話を続けた。
何度寺院を抜け出して、孫娘と、息子のようにかわいがってきた子分のもとに駆けつけようと思ったか分からない。が、浩二は思いとどまった。
寺院で情報を集める内、浩二はシンカー王国が王の暗殺により極めて不安定な政情であること、幼い王が傀儡として操り人形になっていること、さらに、シンカー王国でも2回目の勇者召喚実験が行われようとしていることを知った。
浩二が保護された寺院は、不運なことに剣の派閥の僧たちの寺院であった。
寺院の僧たちは、浩二が実は異世界からやって来た『召喚者』であることから、浩二を召喚に利用する手立てを模索していたという。
寺院の長は浩二に紫の法衣を纏った若い男に引き合わせ、実験への協力を要請した。が、浩二はアーロンと名乗った僧の話を聞き終わるや、彼らの申し出を拒絶した。
「拒絶って……オヤジはどうやってそんな事を」
「あぁ、立場の弱いモンを何千人も犠牲にして得体の知れないモンを呼び寄せるなんぞ、狂気の沙汰としか思えん。何より、人の命を『多少の犠牲』と言いやがった。まぁそんなワケでな。気に入らんかったから、その若いのをぶん殴って逃げてきた」
再び豪快に笑った浩二に、綾子は肩をすくめサブは何かに納得したかのように何度も頷いた。
「どうやら俺がいたのは王都の中の僧院だったらしいが、もう殴っちまったもんはしょうが無い。一宿一飯の恩義も返し終わったたろうと思ってな。王都からズラかることにした。で、このグランデルベルグに潜伏して、盾の派閥の寺院の僧と知り合ってな。若い尼僧だった」
盾の派閥の僧たちと知り合った浩二は、立場の弱い者たちを集めて『このままでは生贄にされるだけだ』と解いて、抵抗組織百八龍を作り上げて、盾の派閥と協力体制を築いたのだった。




