03 久しぶりの再会
「随分久しぶりじゃない? ここに来るのも」
小柄で髪の短い女は感慨深げに城門を見上げると、そのすぐ後ろに立つ巨躯の2人も釣られて視線を上へと向けた。
「元気にしてるかしらね、ほらあの、えっと……イタリアちゃんじゃない、ラザニアちゃんでもない……ねぇサブ、覚えてない? あの子、 ほら教会の」
「ナタリアですか」
「そうそう! ナタリアちゃん!」
「綾子は相変わらず、普段会わない者の名は覚えないのだな」
苦笑するエミリアはサブの隣に寄り添い、仲睦まじい夫婦らしい距離の近さを保っている。
以前とまったく変わらず名前を覚えるのが苦手な綾子は、まるで自分の言い間違いなどなかったかのようにあっさりと流して、城門を守る騎士に書面を1枚手渡した。
「ゴルドベルグ王ヨシュア陛下の使者よ。バルザック陛下に取り次いでくれる?」
最初、奇妙な3人を訝しげに見ていた騎士は、慌てた様子で敬礼して城門の内側へと走っていく。
綾子とサブがサンサルバシオン王都を訪れたのは、実に1年半ぶりである。
サブとエミリアも参加したゴルドベルク王国とバルザック・ニグル公爵の連合軍と、サンサルバシオンの前女王ベルナデッタが差し向けた軍との戦いは、わずか1日で終結した。
実質的な無条件降伏となったサンサルバシオン王国は、現在も新国王バルザックのもとで復興を続けている。
「しっかしまぁ、バルザックさんも大変よね。敗戦処理っていうだけでもキツいでしょうに」
「うむ、まぁそうだな。戦後処理、それも敗戦国の復興というのはかなり困難を伴う」
軍人であるエミリアには、戦争の大変さと戦後処理の猥雑さを嫌と言うほどよく知っている。大抵の場合、戦後処理は腹心であるアイザックに丸投げするのが常であるが、そのたびに『ウチの親分は、面倒臭ェことだけはあっしに投げて来やすねェ』とボヤかれている。
「お姉ちゃん! でっかいおじちゃん!」
不意に城門の内側から元気のいい少女の声。
髪を整えて、質素ではあるが清潔な服を着た少女が、手を振りながら綾子とサブへ駆け寄ってきた。
「あ、ナタリアちゃん?」
「うん! すごい、お姉ちゃん覚えててくれたの?」
「もちろん。忘れるワケないじゃない。シスターは元気?」
ついさっき『イタリアちゃん』だの『ラザニアちゃん』だのと口走った事などきれいさっぱり忘れたかのように、ごくごく自然な言葉をかけると、ナタリアは嬉しそうに満面に笑みを浮かべた。
「シスターマリーも元気だよ。あのね、教会の床板も新しくなって、私とあと2人、今も法術を勉強してるの。切り傷なら治せるようになったんだよ」
「へぇ、凄いじゃない。頑張ってるのね、偉いわよ」
「うんっ!」
にこっ、と嬉しそうな笑みを綾子に見せて、すぐとなりに立つ巨躯の2人を見上げる。
「でっかいおじちゃんも、覚えてるよ」
「おう。それじゃ、こっちは知ってるか? 俺の嫁だ」
サブが低い声でそう話、隣に立つエミリアの腰に手を回す。
「おじちゃんのお嫁さん……お嫁さんもでっかいんだ……」
「あぁ、大きいだろう。ナタリアだったか、私と旦那様を見ても怖がらんとはなかなか肝が座っているな。将来が楽しみだ」
膝を曲げてナタリアと視線を合わせるようにしゃがみ込み、真紅の瞳で物怖じしない少女の目を覗き込むと、エミリアは再び優しく笑みを浮かべた。まるで自分の娘を見るかのような視線だ。
「お姉ちゃん、シスターに用事?」
「あぁ、今日はね。王様のお手伝いに来たのよ。大変っぽいから」
「王様のお手伝い……お姉ちゃん、王様のお友達なの?」
「そうよ。凄いでしょ?」
意外と子供のあしらいが上手な綾子に、軽装の軍服を纏った女が駆け寄ってくる。
ゴルドベルク王国軍の中将、エミリア・ダンタンの姿を認めたアレクサンドラは急いで駆け寄り、サンサルバシオン王国騎士団として模範的な敬礼を見せる。
「遠路ご足労頂きありがとうございます、ダンタン中将閣下」
「うむ」
エミリアもゴルドベルク軍人式の敬礼を返し、短く答えた。
「それに……バルトークの聖女、綾子様も、それに拳王サブ様もご足労頂きありがとうございました。陛下がお待ちです」
以前アレクサンドラは綾子に対して侮ったような態度を取っていた。が、現在サンサルバシオンで魔法兵団長を務めるアイリーン・サーサーンが膝と声を震わせながら語った『レッドドラゴン討伐』の情景を耳にして以来、恐怖7割に尊敬3割が混ざった感情を持って綾子を見るようになった。
かつて聖騎士村上允恭を素手で討ち果たした拳王サブに、さらに軍人であれば誰もが恐れるバルトークの守護神、エミリア・ダンタン中将も加わるとなれば、下手をすれば3人だけで王都の守備隊を壊滅させられるかもしれないのだ。
自分の対応ひとつにサンサルバシオン王都と国家の安全がかかっている、というアレクサンドラの考えは決して大げさではない。
随伴となれる手の空いた騎士はまだ若く、騎士としての礼儀作法をまだ叩き込めていない。この状況でアレクサンドラが自分一人で応対すると決めたのは、正しい判断と言えるだろう。
「バルザックさんは大変みたいね」
「は。陛下がかなりご多忙で、お休みになるのも1日に数時間といった状況です」
「ダメじゃない、死ぬわよ」
綾子はあっさりととんでもない事を口にしながら、まるで散歩でもするかのように鷹揚な足取りで王都を進んでいく。
目指す先には、ところどころ石垣が崩れかけたお世辞にも壮麗とは言えない王城がそびえ立っていた。




