02 戦後処理
サンサルバシオン王国は、いまだ復興途上である。
前女王ベルナデッタが、国民の命と国庫を傾けてゴルドベルク王国に挑んだ戦いで惨敗して以来、国の財政は大赤字が続いている。
さらに疲弊した国民の生活を守るべく、ゴルドベルク王国からの援助を頼る状況だ。もはや国のメンツだの王のプライドなどというものにこだわっていられる場合ではなかった。
敗戦後、戦勝国であるゴルドベルク王国が指名した新王バルザックは、文字通り額を地面に擦り付けるほどに頭を下げ、ゴルドベルグからの資金援助を確保していた。
バルザックの父で、王を務めていたアレキサンダー4世とその王妃による浪費や、大臣たちの横領に贈収賄など、お世辞にも健全な財政などとは言えない状況だ。
その実情は、国の金庫番とも言える財務大臣が、帳簿を見て卒倒してしまうような有様である。
国の正確な財務状況を把握していたのは、若き宰相ツァイスただ1人であり、彼から借入金のリストを渡されたバルザックは、一時期本気で王になったことを後悔したほどだ。
バルザックの疲労困憊ぶりはサンサルバシオン王城内にいるメイド……の姿をした人ならざる者の目を通じ、遠く離れた場所へと伝えられていた。
地獄の大公爵、アシュタロスの目や耳、手や足となる配下は、メイドや騎士、使用人や町民の姿を借りて数多くサンサルバシオン城内に紛れ込んでいる。
『まぁヒドいものだな。このままではバルザックは遠からず死ぬぞ』
アシュタロスは呆れ返ったような声をあげると、テーブルの向こうにいる大柄な女に視線を向けることもなく、眼の前のロールクッキーをひとつ口に放り込む。
「ふむ……今あの男に死なれるのは困るな。我が旦那様も、綾子も望むところではなかろうし、何より陛下もお望みにならん」
大柄な女は、ゴルドベルク王国軍において重鎮となる中将、エミリア・ダンタンである。彼女の旦那様こと夫は、異世界より召喚され拳王の神託を受けた強者、大河内佐武郎であるが、多くのものは彼の名前を発音するのが難しいため、単に『サブ』と呼ぶ。
『我が主、菫も案じていた』
「だろうな。菫は良い子だ」
召喚者である小川菫は、史上初となる賢者の神託を受けるが、重度の吃音のためにあまり他人と喋りたがらない。だが、人類の頂点とも言えるほどの明晰な頭脳と驚異的な記憶力を誇り、既にゴルドベルク王国の王立図書館に保管されている魔導書はすべて読破していた。
さらに人類最強の雷帝、エミリアの母エアリア・ダンタン大将軍にも師事している。
そんな彼女が姉のように慕うのが、ゴルドベルク王国における公認マフィア組織『リベルタドール』の首魁にして、エミリアが守護する国境バルトーク地方にあって、『バルトークの聖女』と呼ばれる法術士、笹川綾子だ。
現在、ゴルドベルク王国にいる『召喚者』は、綾子と菫、そしてサブの3名である。
彼女たちと同時に召喚されたのは合計で6人。サンサルバシオン王国に残った者が3人だが、この3人の内今も存命なのは貧しい漁村でシスターとなった大魔道士、中西藍子だけである。
残りの2人、聖騎士允恭は戦いで命を落とし、勇者須藤誠は公的には死亡したとされている。
公的には、というのは、誰も彼の死を確認していないという事情があるためだ。
サンサルバシオン王国の旧臣のひとりから『役に立たない上に廃人同然だったので、魔獣の巣に放置した』という報告があっただけで、彼の最期を確認したものも、亡骸を認めたものもいない。
「あの国はまだまだ不安定だ。せっかく我が国も、ヨシュア陛下が御自ら援助しているものを、途中で倒れられるのも寝覚めが悪い」
『吾輩としては、あのような幹まで腐った国は、一度キレイに滅ぼしてしまったほうが良いと思うがな』
「まぁそう言うな。明日にでも陛下に相談するとしよう」
エミリアが陛下と呼ぶゴルドベルク王国のヨシュア王は、少年のような外見ながら膨大な魔力を持つエルフ族の男で、先代となる前女王、『轟炎のマリアベル』を母に持つ、炎の大魔道士でもある。
叡明で慈悲深く、穏やかで争いを好まない性情からか、一度は戦火を交えたサンサルバシオンに対して食料や資金の援助を行っていた。
「まぁ、バルザックも苦労が耐えんな。あの男は運が悪いのだろうが、玉座の主となった以上は致し方なかろう」
『玉座というものはそういうものだ。嫌なら降りれば良いのだ』
「降りた後に代わりがいれば、だがな」
苦笑してエミリアは、アシュタロスと同じロールクッキーをひとつ口に含む。菫が殊の外気に入っている菓子で、このところ常にダンタン中将邸に常備されている。
毎日のように菓子店のものが納品にやってくるため、既にゴルドベルク王都では名物と化している。
「王というものは随分と大変だな。気の毒に」
ふん、と半を鳴らして4つ目のロールクッキーを口に放り込んだアシュタロスはゆっくりと立ち上がる。
『吾輩は少々出かけるぞ。ここは頼んだ』
「あぁ」
短く言葉を交わすと、アシュタロスの姿はまるで霞のように滲んで、さも最初から存在しなかったように影も残さずに消えていった。




