01 王の苦悩
本作は、「異世界修羅道 ~ヤクザのお嬢様、異世界にて聖女となる?~」の続編です。
本作だけでもお楽しみいただけますが、前作「ヤクザのお嬢様、異世界にて聖女となる」をお読み頂くとよりお楽しみいただけます(`・(エ)・´)b
サンサルバシオン王国の若き国王、バルザックは相変わらず机に突っ伏して眠っていた。
びく、と大きく身体を震わせるジャーキングを起こして彼は目を覚ます。
即位してからもう1年半以上もの間、彼はベッドで眠った事が3度しかない。あまりの激務を見かねた側近の護衛騎士や、若き宰相らが涙ながらに頼み込んで、それでようやくベッドに入ったくらいである。
「……あぁそうか、これがまだ途中だった……」
バルザックはそう呟くと、机の上においてあったアイスコーヒー並に冷えたコーヒーを飲み、上着を羽織り直した。
今年の冬は冷え込みが厳しい。彼の父が王であった時代なら、国民の多くが飢え死にか凍死するか、棄民として国を棄てていただろう。
書類を数枚机に並べて、内容を確認してからサインを記入する。これらの書類は若き敏腕政治家、国務大臣を兼任するツァイス宰相があらかじめ目を通し、バルザックに最終確認を依頼したものである。
ツァイスが書類を絞り込んでいなければ、今頃バルザックの利き腕はあまりの酷使に悲鳴をあげ、抗議のためにその感覚を失っていたかも知れない。
それでなくても既にバルザックの左腕はひどい腱鞘炎で、こまめに休憩を入れなければすぐに強い痺れを起こしてしまう。
窓の外では雪が降りしきり、街の建物の屋根には薄っすらと雪がつもり始めていた。
国防を担っているフォード騎士団長は、雪が振り始めた3日前から騎士たちに除雪作業を命じている。これもバルザックには事後報告の形で知らされたが、幸いなことに若き王バルザックは、これらの部下の動きを好意的に受け止めている。
前王のように『余を蔑ろにするか』と激昂したりすることはない。
「陛下、まだお休みにならないのですか」
ノックもせずにドアを開けた護衛騎士のアレクサンドラ・ライツは、重厚なマホガニー製の机の奥、書類の山の奥にいる部屋の主にやや呆れたような口調で声をかけた。
「また徹夜なさるおつもりですか?」
「いや、大丈夫。さっきまで寝ていましたから」
「机に突っ伏して目を閉じることは、睡眠ではありません。気絶というんです。もういい加減にお休みになってください」
「わかりました。これだけ片付けたら休みますから、サーシャは先に眠ってください」
「お守りするべき陛下がお休みにならないのに、ですか?」
アレクサンドラは、国王に対してもなかなか遠慮のない物言いだ。
サンサルバシオン王国の王子であったバルザックとアレクサンドラは、一時期婚約者同士であった。
バルザックが前王の勘気を受けて廃嫡された際に婚約は解消されたが、元々は幼馴染であった2人である。周囲に誰もいない環境に限られるが、仲の良い友人同士のような話し方をすることも少なくない。
「バル、お願いだから休んで。あなたの身体はあなただけのものじゃないのよ。大体あなた、まだ結婚もしてないし世継ぎだっていないんだから」
ははは、と疲れ切った笑い声で力なく笑ってから、相変わらず手を止めずに書類にサインを記していく。
「そうですね。でもこう忙しくては……結婚なんて考えられません」
「近隣の国から王族の女性を妻に迎えるにしても、陛下がそんな多忙では——」
「サーシャがまた僕の婚約者になってくれますか?」
「……バル、さすがにその冗談は洒落にならないわよ?」
バルザックは再び力なく笑って書類の束をまとめて脇によけると、流れるような手つきで次の書類の束を自分の眼の前に置いた。
が、その新たな束はアレクサンドラがひょいと持ち上げて、執務机では無く応接用の机へと置いてしまった。
「バル、いい加減にして」
「……分かりました。じゃあ少し休むとします」
「まさかソファで寝るつもり?」
「すごいですね、サーシャはいつから未来予知が出来るようになったんですか?」
「予知なんてしなくても分かるわ。そこのソファ、ほとんどあなたが眠るためのベッドみたいになってるじゃない。毛布も敷きっぱなしだし、王の寝所にしてはあまりにも粗末じゃないかしら?」
不機嫌そうにアレクサンドラが手を伸ばし、バルザックの腕を優しく掴む。
身体を支えるように引き寄せて、まるでけが人に肩を貸すかのような姿勢でアレクサンドラはバルザックを執務室から連れ出した。
すぐとなりにある寝室に連れ込むが、本来ならば独身女性であるアレクサンドラが王の寝所に入り込むなど、醜聞と言われても文句を返せないような行動だ。が、城内で務める者の中で、王バルザックに対する彼女の忠誠と献身を知らぬものはいない。
実際にこの光景を目撃した者も『また陛下が徹夜しようとしたのを止めたのか。いつも大変だな2人とも』と感じるだけだった。
「陛下、書類の遅れは取り戻せます。でも命は取り戻せないんです」
アレクサンドラの言葉は重かった。
僻地にある貧しい漁村、マシッツの村で暮らしていたシスターの少女は、1年半前に子供を出産した。
前女王ベルナデッタや、先々代の王であったアレキサンダーが召喚した勇者たちの内、聖騎士の信託を受けた僧侶、村上允恭という男の毒牙にかかり子を身ごもった少女である。
子供は無事に生まれたものの、出産後も身体の回復が遅れ、度々倒れてしまうような有り様だ。
かつて聖騎士と同じく召喚され、大魔道士の神託を受けたものの、他者の命を奪うことに耐えられず酒に溺れてしまった女、中西藍子がシスターとして潜伏していたが、今は彼女も母親であるリズとともに幼い子供の面倒を見ているようだった。
アレクサンドラは定期的にマシッツを訪れ、子供のための物資などを個人的な資産から寄付していた。直近でシスターの少女リズにあったときには、ベッドから身体を起こすことも出来ず、声を出すのがやっとの状態であった。教会を管理していた老シスターは、虐げられ子を孕まされた挙げ句に自分の子供を抱く事もできない。神はなんと残酷なのかと嘆いていた。
「陛下はいわば国の父です。父を失ったら残された子はどうなりますか」
「わかりました、わかりましたから。今日はちゃんと休みます」
「今日『は』?」
「……わかりました……サーシャ、そんな怖い顔で睨まないでください」
「私は陛下の御身を心配して言っているんです。くれぐれも起き出して仕事をするなんて事はなさらないで、最低限、朝陽が上がるまでは眠ってください」
ふぅ、と疲れ果てた身体と、それ以上に疲れ果てた頭を必死に動かして、何とかベッドの毛布をめくる。
王が眠るベッドとは思えないほど質素な寝具のなかに平服のままで潜り込み、枕に頭を載せたかと思うと、ものの数秒で寝息を立て始めた。
暫くの間『狸寝入りではあるまいか』と見張っていたアレクサンドラも、ここ数日の激務のためか急激に眠気に襲われる。
なんとか立ち上がって、ドアの向こうにいる護衛兵に『あとは頼んだ』と告げて、フラフラと城内の護衛控室へと向かっていった。




