28 ヤクザ者
「そもそも、マトモな組織って何よ。私たちだって、ヨシュア陛下直属のマフィア組織よ」
馬車の席で頬を膨らませている綾子は、どちらかというと童顔な顔立ちのために菫のすぐ上の姉、と言われても信じてしまいそうなほど、どこか幼さを残している。
「……マフィアって……ヤクザとどう違うのよ」
「何? あんたヤクザとマフィアの違いも知らないの? ヤクザってのは花札で8と9と3の合計、20がブタの役、つまり何にもプラスにならないから『役立たず』っていう意味から来てんの。マフィアはイタリア語で『モルテ・アラ・フランシア・イタリア・アネラ』の頭文字を取ったもの。 意味は『フランスに死を、これはイタリアの叫びだ』。ちゃんと意味がある言葉よ。私は、勇者召喚術なんてクッソふざけた奴らを叩き潰すっていう明確な目的があるの。だからマフィア組織なのよ。ただし、日の当たる場所を大手を振って歩けるような立場じゃないヤクザ者、ってワケ。大学生でしょ? そんな事も知らないの? 商業高校じゃ授業でやった内容よ」
「絶対やってないはず……」
藍子のツッコミのとおり、少なくとも日本の高校や大学で学ぶ知識でない事だけは確実だが、綾子にとってはもはや常識と言えるほど、祖父から教え込まれたものである。
自らをヤクザ者と考えろ、これは『自分は社会にとって役に立たない存在である事を自覚しろ』という教えに通じるものだ。
だからこそ、カタギの素人には迷惑をかけてはならない、という笹川組のルールが出来上がっている。
そして、任侠を忘れてはならないというのも笹川組組長、浩二の教えである。任侠とは、正義を貫き、義理を重んじ、弱きを助け強きを挫く道。日本において絶滅危惧種であった武闘派任侠集団、笹川組が時代遅れと言われつつも、これらのルールは今でも綾子やサブにとって精神的支柱とも言える。
だからこそ綾子とサブは、菫を助け、バルザックに力を貸し、そして藍子に対しても厳しいながらも手を差し伸べた。
「私たちの組織は明確な目的を持ったマフィアで、私もサブも所詮はヤクザ、つまりは社会にとって取るに足らない役立たず。だからこそ、必要とされる汚れ仕事があるなら喜んでやる。でも任侠道だけは絶対に忘れない。そこらの半グレくずれと一緒にしないで」
「……わ、わかったわ……その、ごめんなさい……私、色々とあなた達のこと誤解してたかもしれない……」
「良いわよ、よくあることだから。慣れてるし、私たちもいちいち気にしてないから、あんたもいちいち落ち込まないで。面倒くさいから」
さらっと流してから綾子は再び諜報部隊の男に視線を戻した。
「で? その百八龍っていうのはどんな組織?」
「彼らは、現状国を牛耳っている多数派の剣の派閥への対抗勢力、盾の派閥と共に勇者召喚を食い止めるために共同戦線を張っている。リーダーの男には直接接触できていないが、幹部クラスの男と今日落ち合う予定だ。それに盾の派閥についても調査内容を共有しておこう」
2人の諜報部隊の内1人が、懐から巻物のような書簡を取り出した。
独特な書体で書かれた文書だが、不思議とサブにも綾子にも、そして藍子や菫にも意味を理解することが出来る。異世界から転移したものは、何故か皆この世界の言語が理解できる用になるようだった。
「元々シンカー王国は商業が盛んな宗教国家で、何よりも政権や政情の安定を望む平和的な国柄だった。が、それを方針転換せざるを得なかったのは、隣国のサンサルバシオンで先々代の王、アレキサンダー・ビアンコが即位してからだな。かなり強圧的な外交政策を展開したアレキサンダー王は、シンカー王国にもほぼ属国となるよう無茶な要請と軍事的な威圧を繰り返していたらしい」
綾子の脳裏に、やたらと肥え太り両手の指にゴテゴテと指輪をつけまくった醜いバケモノのような男の姿がうかぶ。『あぁあいつならやりかねない』と思ったのはサブも菫も同様だった。
「剣の派閥という勇者召喚を推進しようとする者たちが現れたのは、そんな状況下だな。つまり剣の派閥も最初は国防のために勇者召喚をしようと考えた、ということだ。そんな折にシンカー王国の前王夫妻が何者かに暗殺され、剣の派閥は次第に暴走し始める。中には前王夫妻の暗殺に剣の派閥が関わっていた、という見方もある。が、証拠はない」
「なるほどね。でもまぁ状況証拠からすればかなり黒に近いグレー、ってとこかしら?」
「あぁ、そんなところだ。剣の派閥発足時から、召喚は人命を犠牲にする禁忌の術として食い止めようとする勢力が組織された。これが盾の派閥だな。百八龍の発足はお盾の派閥の成立よりも後だ。この国に突然現れた老軍師が、召喚術の生贄として拉致される国民を救うために組織したと言われている。今お前たちが言った、任侠だったか? そういう精神にちかいかもしれないな」
「そうね……まぁ、シンカー王国も全部が全部腐ってるってわけじゃなくて安心したわ。その盾の派閥ってのと百八龍ってのとは気が合いそうだし、まずは会って話をして、先を考えるのはそれからかしら。それからもうひとつ、情報があったら教えてほしいんだけど」
綾子が身を乗り出して、諜報員の男に顔を近づける。
「サンサルバシオンの南にあるマシッツの村が襲われたのは知ってるわよね? そこで攫われた1才の子供、赤ん坊について何か情報はない?」
「あぁ、その子供の情報なら――」
「知ってるの? ねぇ、教えて! なんでも良い、どんな情報でもいいから!」
突如藍子が身を乗り出してきた。先程までの落ち着き払った様子とは打って変わって、明らかに狼狽している顔だ。
「あの子は、あの子は私の子供なの! お願い、どんな事でもいいから教えて!」
「……そうか、あの子供はお前の娘なのだな……わかった。今我々が掴んでいる情報だが、マシッツを襲ったのは剣の派閥で、赤ん坊は今その剣の派閥の手にある。居場所については百八龍と盾の派閥が調査中だ。……母親としてはいても立ってもいられんだろうが、慎重に動くことだ。下手な動きが剣の派閥に漏れたら、赤子の居場所もわからなくなる」
諜報員の男は、藍子を落ち着かせるように敢えて優しい声で、ゆっくりと話す。
「大丈夫だ。我々ネストリウス大将軍の部隊も複数動いている。国内に協力する組織もある。大丈夫だ、きっと助けられる」
藍子はもはや涙ぐむ寸前だったが、ギリギリのところで平静を保っていた。
大きく何度か深呼吸を繰り返し、そして大きく頷いた。




