27 南の国の町並み
ちゃり、という軽い音を立てて男の手に金貨を握らせると、男はわざとらしく伸びをして門から少し離れた場所へと立ち位置を移す。
綾子が手渡した、たった2枚の金貨でシンカー王国の門衛は、怪しい馬車に載った一行をやすやすと通してしまった。
「まぁ見事に腐ってるわね。いつぞやのサンサルバシオンみたいじゃない」
心底呆れ帰った顔で、たった今通り過ぎた国境の関所では、多くの商人と思しき者たちが門衛を相手に何事か交渉をしているようだった。
「賄賂でこんなにあっさり通れるなんて……信じられない」
ローブのフードを被ったままの大魔道士、藍子は呆れ返ったような顔でため息をついた。
他国からの馬車で、荷物をあまり積まず人が4人載っているだけ。さらに御者はやたらと頑健な大男という見るからに怪しい馬車にも関わらず、門番はほんの僅かな賄賂で国内へと招き入れてしまった。
「まぁ、手間が省けて良かったわ。とりあえず、ティベリウスさんが派遣した若い衆と合流するのは確か……もう直接王都でイイって話だったわよね?」
「はいお嬢」
サブの手元には、何本かの魔道伝書の巻物が握られている。
そのうち1本はサンサルバシオン王都にいるティベリウス・ネストリウス大将軍のからの通信だ。
シンカー王国内に潜入させた工作員との合流場所として指定されたのは、国境からさほど離れていない王都である。
シンカー王都では、地下にミスリルの線を埋め込んでおり、豊富なエーテルを街中に行き渡らせることで街灯などの先進的インフラを備えている。
計算上、莫大な量のエーテルが必要とされるはずだが、その出処は謎とされている。
「で? どうやって合流すんの?」
「え、笹川さんたちって、その辺の段取りとか把握してなかったの?」
「してないわよ? こんな敵対組織に潜入してる相手と合流なんて、大雑把に決めてあとは現地で調整、って具合にしないと足がつくでしょ」
「そ、それはそうだろうけど……ねぇ、こういうのって慣れてたりする……?」
「しないわよ。まぁ危ない橋を渡ったことは何度もあるけど。とりあえず、こんだけ目立つのが連れ立って歩いてりゃ、向こうが見つけるんじゃない?」
『そのようだな、サブ、前方左側、11時の方向だ』
不意にサブの隣に現れた血色の悪い男、アシュタロスが左手を伸ばして指差す。
その先にいたのは、青く染めた装束の二人組の男。ちら、と胸元に下げたメダルのような物を見せてきた。
ゴルドベルク王国軍において、諜報や工作部隊だけが持つもので、雪の結晶の意匠が刻まれている。
「……乗れ」
「助かる」
短いやり取りの直後、2人の男は音もなく馬車に乗り込んできた。幌を降ろして、周りから視えないよう目隠しをする。
「できれば馬車は止めないほうが良い。この通りはまっすぐ走れば環状線になっていて、王都内をぐるっと回れるようになっている。このまま馬車を走らせて話を聞いて欲しい」
男はフードをめくり上げる。大柄なノーム族の男だ。
「私はネストリウス大将軍の配下、諜報部隊のものだ。我々はこの国で召喚術を進めている『剣の派閥』の動向を探るのと同時に、対抗勢力の『盾の派閥』との接触を図っている。それに、盾の派閥とは別の組織との接触にも成功した。今からその勢力と落ち合ってもらいたい」
「その勢力ってのは?」
綾子が諜報部隊の男をじっと睨む。
「このシンカー王都の地下組織だ。今このシンカー王国を牛耳っているのは、勇者召喚を推し進めている剣の派閥だが、かなり強引な手法で生贄を集めていて民衆からの評判は芳しくない。ほぼ誘拐に近い形をとることもある。拐われているのは、王都や王都に近い地域の貧民たちだ。そんな剣の派閥へのレジスタンス運動を組織している者たちがいる。我々が接触した組織は『百八龍』という名の組織で、民衆らからは義賊として好意的に見られている」
「へぇ、私たちのお仲間みたいな感じのがいるのね。ちょっと興味湧いたわ。その百八龍のアタマとは話付いてるの?」
「あぁ、今日ゴルドベルクから『リベルタドール』が到着する旨も伝えてある。このまままっすぐ道なりに進んで、3つ目の大きな交差点を右に曲がると、王都から出るゲートがある。そのゲートを出てまっすぐ走った先に、案内のものが待っている手筈だ」
「わかったわ」
「ちょ、ちょっと待って笹川さん! その……百八龍って、どう考えても国の機関とか、マトモな組織じゃないわよ! 大丈夫なの?」
「知らないわよそんなの。でも他に接点はないし、なによりティベリウスさんの部下が会って欲しいって言ってるなら、とりあえず会って話くらいするべきでしょ。細かい事はそれからよ」
藍子は思わずあんぐりと口を開けて言葉を失う。
じっと黙ったまま、幌の隙間から外を覗き見ている菫も、まったく気にしていないようだ。
「さ、それじゃさっさと動きましょ。こんなとこでダラダラしてる時間なんて無いわよ」
この『綾子のペースと度胸と胆力についていけない藍子が置いていかれる』という構図は、一行にとっておなじみの光景である。
サブが慣れた手つきで手綱を翻すと、馬車はゆっくりと動き出した。




