26 意外な助っ人
——子供を身ごもった——
エミリアの突然の告白に、その場にいる全員が、当然ヨシュア王も腹心の部下であるアイザックも、母エアリアも驚愕のあまり言葉を失った。
だが、サブだけは、珍しく嬉しそうな笑顔を浮かべ愛する妻をしっかりと、優しく抱きしめた。
「でかした」
そう一言だけ呟いた夫の声を聞いて、エミリアも筋肉質な腕をサブの背中へとまわす。
「え、エミリア中将、それは本当ですか」
ようやく言葉を絞り出したヨシュアも、驚愕と嬉しさが半分ずつ混ざったような表情である。
王の問いかけに、エミリアは大きく頷いて、自らの大きな手を下腹に当てる。
「そういうことでしたか。では、確かに娘が動くわけには参りませんね」
優雅に歩み出たエアリアも、優しく愛娘の背中にぽんと手を当てる。
エアリアにとっては長い人生において初めての孫である。もっとも、エアリアの外見から彼女にもうすぐ孫が生まれる、などと想像できるものは、少なくともエルフ族以外はいない。
成人したエルフ族は、その外見から年齢を推し量ることは事実上不可能である。
エルフ族には『成長』こそあれ『老化』というものが存在しない。
そのため、エアリアのように若々しい絶世の美女でありながら、千年をゆうに超える悠久の時を生きている者も稀に存在する。
「陛下、娘はエルフとオーガの混血。妊娠期間がどれくらいになるかは未知数ですが、恐らくエルフ族に寄ったとすれば、出産は当面先の話になるでしょう。その間しばらく娘を前線に立たせる事ができなくなりますが……」
「そこはご心配なく、ダンタン大将軍。アイザック・ボルド少将に暫くの間頑張っていただくとしましょう。頼りにしていますよ、ボルド少将」
「うへェ……いや、こいつァめでてェ話ですが……まぁ、親分が結婚休暇に入った時と同じだと思やァ、何とか乗り切れねェ事もねェとは思いやす」
「是非そうしてください。エミリア中将が不在の間、一時的にではありますがボルド少将には階級はそのままで、中将相当の決裁権を持ってもらうように計らいます。エミリア中将が安心してお子さんを産めるように、協力しますよ」
「ありがとうございます陛下。では今回のシンカー王国への遠征については、娘の代わりに私が……と行きたいところですが、大将軍が2人とも不在というのは国防上よくありません。ただ、リベルタドールの3人だけでは手が足りなくなる恐れもありますので」
エアリアが後ろを振り向くと、そこにはローブを身にまとった女が立っている。
「弟子を派遣しようかと考えております」
シンプルなデザインながらも実用的で、裏地に魔法陣の刺繍を施した一級品である。さらに、手に持った白い杖は、なんと希少鉱物であるミスリルをふんだんに使い、さらに魔法工学的な加工を施したものである。
魔力の収束や増幅、蓄積などの機能を持つもので、なんとエアリアが過去に実戦で使っていた杖である。
「大西……いや、こに——」
「だから中西だって言ってるでしょ。笹川さん、あなたひょっとしたらわざとやってるわね?」
やや不機嫌そうな顔の中西藍子は、エアリアの『おさがり』の装備で身を固めていた。
「まだ大魔道士としては万全とは言えませんが、彼女は地属性の魔法に高い適性がありました。そこで他の属性の訓練は後回しにして、地属性だけを徹底的に叩き込んであります」
藍子の地獄の訓練は毎日続いていた。
綾子の蘇生は日を追うごとに少なくなり、訓練開始後10日も経てば命を落とす事はなくなり、せいぜい致命傷で済むようになっている。
さらに日を追うごとに重度の火傷からただの骨折で済むようになり、やがて綾子のデタラメな法術を必要としなくなったのが訓練開始から2週間後のことだった。
「最近声がかからなかったと思ったら、結構デキるようになってたのね」
「もう何度死んだか覚えてないくらいには、必死だったわ……お願い、私も連れて行って。あの子を取り戻したいの」
藍子は深々と、綾子やサブ、菫に対して頭を下げた。
深々と頭を下げたまま動かず、じっと頭を下げる姿勢のままで耐え続ける。
「まぁ、イイんじゃねぇか。お嬢」
サブの低い声に、藍子はようやく少し顔をあげた。
「エアリアの姐さんの太鼓判……ってワケじゃねぇが、出来るようになったって話じゃねぇか。じゃあ大丈夫だろ。それにな」
サブはちらりと視線をエミリアに移して、優しく腰に手を回した。
「子供が待ってるとなりゃあ、力の入り具合もちがうってモンだろ」
相変わらず人目をはばからずイチャイチャする巨躯の夫婦をしばらく眺めてから、綾子は久々に肺の空気を全部吐き出すようなクソデカため息を吐く。
「あぁもう、分かったわよ。でも、ついてくる以上はキッチリ働いてもらうわよ。イイわね?」
「分かったわ。あと」
藍子は綾子に顔を近づけて、ジロリと睨みつける。
「私は中西藍子。大西でも小西でもなくて、中西。いい加減覚えてちょうだい」
くす、と小さく吹き出した菫は、何故か少しだけ嬉しそうに口角をあげていた。




