25 知将ネストリウス
バルザック王はいつにもまして頭を抱えてひどい頭痛を堪えているようなうめき声をあげた。
「それではその……マシッツが襲われたのは、聖騎士の子を奪うためで、聖騎士の子を奪うのは次なる勇者召喚で、確実に勇者となるものを呼び寄せるためだと、そういうことですか」
「はい、バルザック陛下。その理解で間違いありません」
バルザックと向かい合うようにソファに腰掛けるティベリウスは、優雅にコーヒーカップを傾ける。気品や優雅さを感じさせる所作は、明らかに貴族のそれである。
が、ティベリウス・ネストリウスという男は決して恵まれた生まれではない。
元は戦災孤児として親の顔すら知らない出自であり、幼少期に大将軍エアリアにその類まれな魔法の才を見出されて、弟子として育て上げられた。
彼がまともな教育を受けたのは、エアリアの弟子になってからであり、それまでは獣のように食器なども使わずに手づかみで食べる有り様であった。
そんなティベリウスも、師エアリアと並び称されるほどの大魔道士と呼ばれるようになり、ゴルドベルク王国において先代女王マリアベルの代から国の守りを司る大将軍として、ゴルドベルク王国を守り続けてきた。
魔法の実力だけではなく、魔法理論研究や魔法学においては数多くの論文を発表し、ゴルドベルク王国魔法大学において、一時期は教授として教鞭をとっていた時期もある。
そんな彼にとっても、勇者召喚術という『邪法』は忌むべきものである。
「シンカー王国は、勇者召喚術を実行しようとしている……」
「もはや疑う余地はないでしょう。ここ数ヶ月、ゴルドベルクの魔法研究所でも、このベスタ・プラデッラ大陸南方で大規模なエーテル震が観測されています。実行まで至っているかは定かではありませんが、少なくとも勇者召喚を試みている事は確実でしょう」
「なんてことだ……」
勇者召喚術を実行したから国で『後始末』をしているバルザックだからこそ分かる。
国家にとって、多くの人命を犠牲にする勇者召喚術は、絶対に手を出してはならない禁忌の術だ。
「やめさせなければ」
「さすが叡明なるバルザック陛下。我が王もかならずやそう仰います」
「で、ですがどうやって? 我が国ではこれから冬が訪れます。騎士団を派遣することも難しいですし、それにマシッツが襲われて空白地帯になったとしたら、シンカー王国にとってこちらの国土へ侵入する橋頭堡になりかねない」
「陛下、このティベリウス・ネストリウス、敬愛するヨシュア陛下より全権委任を受けております。この場での私の発言はヨシュア陛下の発言と同じとお考えいただきたい」
明確な宣言をしてから、ティベリウスは居住まいを正した。
「ゴルドベルク王国軍より、人員を派遣しましょう。シンカー王国が禁忌の勇者召喚術を試みたとなれば、これはサンサルバシオン王国とシンカー王国の2国間の問題ではなく、国際的な問題として対処すべきでしょう」
ティベリウスの決断は早く、思考はさらに早かった。
魔道伝書を使い本国のエアリア・ダンタン大将軍とヨシュア王に報告をあげ、サンサルバシオンと共同でシンカー王国の勇者召喚を食い止めるべく『然るべき対処を、然るべく行う』と報告をあげた。
わずか数十分後にはヨシュア王の署名で、すべてティベリウス・ネストリウス大将軍を全権委任、国王代理としてサンサルバシオンに駐留させる旨と、遊軍として『リベルタドール』を派遣する旨が記された返信が届く。
「流石ヨシュア陛下……決断が早い上に、この上なく頼りになる味方を送って下さるとは」
「我が国としてもベストではないものの、現時点で打てる手立てとしては最善に限りなく近いものでしょう。何しろ賢者と拳王、それに聖女ともなれば3人だけで小国の軍を制圧できるかも知れません。それに」
ぐい、とカップの中のコーヒーを飲み干して、ティベリウスは優雅に口角を上げる。
「私も共に行きましょう。既にシンカー王国には私の手のものを潜ませてあります。私の情報源も彼らです。それに目下のところ、かの国の『盾の派閥』と接触する用意も進めています。となれば、軍である程度の階級にある私が出た方が話も通りやすいでしょう」
「確かに、ごもっともです。では、我が国からもなにか戦力を――」
「それには及びません。今回は潜入して動くことになります。慣れぬ手勢はかえって危険を増す要素になりますので、今回は我が国の戦力だけで対応します。バルザック陛下は、国内の復興に注力してください」
「で、ですがそれは、我が国の村が襲撃された事が発端であるのに、我が国がただみているだけというのはあまりにも……」
「お気持ちだけ頂いておきましょう。ですが陛下、先程も申し上げた通り、この件は一国の問題ではありません。国際社会、いや人類全体の問題として大局を見なければなりません。サンサルバシオンはただでさえ復興途中で、この冬をこすのにも準備が不十分。ここで陛下に倒れられでもしたら、我が国の援助がムダになります。陛下はどうか、サンサルバシオンの民の事をお考えください。かの国の事は我々におまかせを」
政治家としても、そして個人としても力量に途方もない差があるバルザックとティベリウスでは、もはや議論というよりも『子供に説教する大人』にも等しい。
バルザックはうなだれて、ただ氷の大将軍の言葉に頷くしかなかった。
ゴルドベルク王国の動きも、ティベリウスと同様に早かった。
すぐさまリベルタドールの3人、綾子、サブ、菫の動員が決まり、エミリアも当然手を挙げるであろう、と思われていた。
が、エミリアは手を挙げず一歩下がった。
誰よりも意外そうな顔を見せたのは、母エアリアである。
「どうしたエミリア、行かねぇのか」
夫であるサブも不思議そうな顔でエミリアへと振り返る。
赤毛に褐色の肌の大柄な女将軍は腕を組んで仁王立ちのまま大きく頷いた。
「私はここで待っている。動けない事情が出来てな」
「事情? なにエミリアさん、どっか具合悪くなった? 治したげよっか?」
綾子が袖をまくり歩み寄るのをエミリアが苦笑気味に止める。首を横に振り、少しだけ照れたような表情を浮かべ、そっとサブに腕を絡める。
「それには及ばん。おそらくだが——」
エミリアは、どこか嬉しそうな笑みを浮かべて大きな手でそっと自分の下腹を撫でる。
「どうやら子が出来たようだ」




