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22 収穫

 銀髪のエルフの男、ネストリウスは表情ひとつ変えずにシンカー僧院の若き僧を見下ろしている。

 氷の魔法を使う尋問は、声を荒げるようなこともなく、静かに、そして淡々と続いていた。


「なぜ赤子が道標などになる」

「そ、それはあの赤子が、あの赤子に異世界の因子があると、そう大僧正が」

「ほう、大僧正……シンカー僧院の頂点、コーネリアス・ギキ大僧正か」

「どうしてその名を」

 

 ファルコは愕然として、睫毛が凍り始めた瞼を瞬かせた。

 

「知らいでか。その赤子に異世界の因子というのは……赤子が異世界から来た聖騎士の子であることになにか関係があるのか?」

 

 ガチガチと歯を鳴らすファルコは、もはや言葉を出せず小さく頷く。

 

「なるほどな……ふむ、実に興味深い。それで、お前たちはその『道標』をどうするつもりだ」

「……い……」

 

 ほんの少しの逡巡の後、ファルコは獣の咆哮のような悲鳴を上げる。

 ファルコの下半身の感覚がすべて失われた。その直後、正気を失う寸前の激痛が、まるで波のように襲いかかり続けた。

 

「良く考えて答えろ。お前たちは、その道標を、どうするつもりだ」

「い、生贄だ! 生贄として『超越者』に! この世界を、『観測する者』に捧げて! 縁ある世界から勇者を呼び寄せる、その成功率をあげるのだと! そう大僧正が!」

 

 ふむ、と小さく呟いて、ティベリウスは腕を組む。

 氷雪の大魔道士が何事かを考え込む間にも、ファルコの身体は徐々に徐々に、下から氷で覆い尽くされようとしていた。

 

「なるほどな。よく分かった。そろそろ眠れ」

 

 若き僧の身体を覆い尽くそうとする氷が胸を声、喉までも凍りつかせると、ファルコは恐怖に顔を歪ませるが悲鳴をあげることは出来ない。

 肺も心臓も凍りついて、ギリギリ意識だけを保っている状態だ。だがその意識ももはや風前の灯である。

 顔の下半分が凍りつき、眼球も凍りついてしまう。

 最後にきん、という高く澄んだ音を立てて髪の毛が凍りついた直後、まるで砂の像が崩れるようにさらさらと崩れ始める。

 

「ふむ……あまり時間的な余裕はない、ということか」

 

 ティベリウスは呟いてからゆっくりと教会の外へ歩み出ると、数名の部下達へと向き直った。

 

「時間がない。お前と、それからお前。二人でシンカー王国へ潜伏せよ。国内の情勢をさぐれ。僧院の情報と『道標』を探し、可能であれば大僧正との対抗勢力を探ってこい」

「はっ」

 

 短く答えた男二人は機敏に敬礼して素早く南へ向けて走り出す。

 

「陛下にもお伺いを立てねばならんな……一旦サンサルバシオン王都へ戻る。バルザック王とも協議が必要だ」

 

 ひらり、と身軽に馬にまたがり一路北へと向かう。

 ティベリウスが引き連れてきた部下3人の内2人は南のシンカー王国ヘ向かい、残る1人は途中から1人道を逸れて北西へと馬を走らせた。

 

「あ、あの、ネストリウス閣下、彼は……?」

「あぁ、彼には我が王への伝言を預けています。どうぞお気にならさず」

 

 穏やかで優しい声に、穏やかな表情。どこからどう見てもエルフ族の好青年であるが、彼がつい先程まで尋問をしていた事など誰も気づきもしない。

 馬の手綱を慣れた手つきで操りながら、ティベリウスは視線をはるか遠く、南へと向けた。

 

 ティベリウスが目を向けた南方、はるか遠くでは法衣を身に付けた男たちが大きな荷車を馬で引いて、ゆっくりとシンカー王都へと向かっていた。

 荷台には異形の巨大な肉塊が載せられ、呪符のような紙片が巻き付いたロープでに固定されている。


 ベスタ・プラデッラ大陸の南部、洞窟の奥深くにのみ生息するという『エーテル虫』は、厳密には虫の仲間ではない。

 節足動物のような外見だが、はるか昔に特殊な進化を遂げたスライムの一種であると言われている。

 他の生物を体内に取り込み、その生物が持つエーテルを増幅させるという特性をもっている、極めて珍しい生物だ。


 僧侶たちの集団の先頭で、緑色の法衣を身に着けた若い男は晴れやかな表情で、自分のすぐ背後で荷台にくくりつけられている巨大な異形の生物を眺めていた。

 大僧都と呼ばれる高僧、アーロン阿闍梨は、この上なく満足げに自分の『仕事』の成果を隅々まで観察しながら馬を歩かせる。

 

「大僧正もさぞお喜びになるだろう」

 

 アーロンは呟いて、エーテル虫に被せられた布を少しめくりあげた。

 丸く膨らんだ身体の表面には、人間の男のようなものが貼り付いているように見える。

 厳密には、胸から上だけを残して、鳩尾から下はすべてエーテル虫と同化しているような状態である。

 鳩尾から上だけが顕になった若い男は、ただ虚ろな目で呼吸を繰り返しているだけ。意識があるようには見えなかった。

 極めてグロテスクな光景であるが、何故かアーロンはこの異形の生物を恍惚として眺めていた。

 

 大僧正コーネリアスの仮説によれば、いわゆる勇者召喚術の成功の鍵となるのして3つの要素がある。

 ひとつ、次元の壁に穴を開けるための生贄の数。過去の統計と、シンカー僧院での実験の結果から類推される結論は、勇者1人につき生贄は最低500人、安定して1人分を召喚するのに必要な生贄は750人である。

 

 ふたつ、次元の壁の穴を維持するための膨大なエーテル量。これについてはシンカー僧院において研究を進めていた、エーテル増幅作用を持つエーテル虫の運用を試験的に行っていた。

 数ヶ月前、勇者の神託を受けたという男がエーテル虫の巣穴に投げ入れられる光景が、ある者に目撃されていた。

 そしてコーネリアスにとって幸運、世界にとって不幸なことに、目撃者はシンカー僧院に所属する僧侶であった。

 

 そして最後の3つ目の要素は、召喚する勇者が存在する世界の座標を特定する『道標』である。

 道標となりうる者は、既に『こちら側』に召喚された者と、『こちら側』の世界の者両方の要素を持つ者。つまり、召喚勇者と現地の者との間に生まれた子供である。

 そして今、シンカー僧院の『剣の派閥』の手に、3つの要素すべてが揃いつつある。

 

「これが、異世界からやって来た勇者……か」

 

 アーロンはじっとエーテル虫と同化した男、かつて『勇者』と呼ばれた若者、須藤誠の顔を見上げて、心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「さぁ、もう少しだ」

 

 そう呟いて、アーロン達シンカー僧院の僧侶の一団は、ゆっくりと南へと進んでいった。

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