21 深淵を覗き見る者
マシッツの村での埋葬と葬儀を終えた大魔道士ティベリウス・ネストリウスの前に、青と黒の法衣を身に付けた男が引き出されたのは、彼らがサンサルバシオン王都へ向かう直前のことだった。
大怪我を負った男だったが、ティベリウスの操る法術により一瞬で全ての傷が癒える代わりに、男は全身の動きと魔力を封じられた状態で、教会跡の崩れかけた建物に連れ込まれている。
「その青い色……コバルトを使った染物、シンカー王国の者だな? 黒い法衣は『シンカー僧院』の最下層の僧と見受けるが」
男はじっと目の前のエルフ族の銀髪の男を睨みつける。だが、僧形の男は、眼の前で粗末な椅子に腰掛けるのがゴルドベルク軍の大将軍、氷雪のティベリウスであることを知らない。
「やはりこの村を襲ったのはシンカー王国の手のものだったか。目的は何だ」
男はティベリウスを睨みつけたまま動かない。血走った目は僧侶にあるまじき殺気を放っている。
「……ふむ、答える気はない、か……致し方ない。私としても不本意だが」
唐突に、男の吐く息が白く曇る。
冬場の冷え込みが厳しい季節であることんは代わりはない。だが、明らかに気温が下がった。
体感だけで分かるほど唐突に、そして急激に気温が下がり、男は全身を震えさせる。
先程までの刺すような寒さとはわけが違う。急激に体温が奪われ、明確な生命の危機を感じさせる冷気が男の全身にまとわりついている。
「まず最初の質問だ。お前はシンカー王国の『シンカー僧院』の僧だな。名を名乗れ」
男は答えない。その代わり鋭い悲鳴をあげた。
服や靴で隠されて自身も視認できないが、左脚の小指の先の感覚が失われた。
ずきずきと激しい鈍痛が、脚先からまるでムカデが這うように登ってくる。
「名を名乗れ。次は足の薬指を凍らせるぞ」
男はなおも歯を食いしばって言葉を押さえつける。が、先程よりも大きな悲鳴が漏れる。
足先から這い上がってくる鈍痛は耐え難いものになり、ガチガチと奥歯がなるほどの寒さにも関わらず全身から冷や汗が出て止まらない。
「名を名乗れ」
「うぎぃああ!」
ティベリウスの問は、一字一句変わらなかった。その口調も、なんなら表情すらまったく変わらない。
情に厚い男として知らえるティベリウス・ネストリウスは、情に厚いからこそ敵に対しては一切の情け容赦というものを持ちあわせていない。
眼の前で、本隊から取り残され囚われの身となった哀れな若き僧侶が、眼の前で苦しみもがいていようが、それが敵であればティベリウスの心にさざなみひとつ立てることはない。
「名を名乗れ」
「ファ、ファルコだ! ファルコ・インゲイだ!」
「そうか。ではファルコとやら、お前達はこの村に何を探しにやってきた」
しばらくの沈黙。
ファルコと名乗った男は、今度はのけぞって肺腑のそこからの悲鳴を上げる。
「お前たちはこの村に、何を探しにやってきた」
左脚の指の感覚は既にほとんど失われている。
あまりの激痛に答えられないでいると、今度は右足の小指にムカデが毒針を刺したかのような激痛。悲鳴は次第に大きくなり、ファルコは激痛のあまり嗚咽を漏らし始める。
「お前たちはこの村に、何を探しにやってきた」
ティベリウスの口調は穏やかで優しく、淡々としたものだ。だからこそ、この尋問は恐ろしかった。ファルコが僧院の頂点にある大僧正への忠誠と、秘密を守るという誓いを捨ててしまおうかと迷うほどの恐ろしさである。
右足の薬指から耐え難い鈍痛がざわざわと身体を這い上ってくる。
叫び声のような悲鳴をあげ、ファルコは泣きながら氷の魔道士の問に答える。
「み、道標だ! 道標となる赤子がいると聞いて、それでここに!」
「ほう、道標か。それはどこからどこへ至るための道標だ」
「そ、それは……」
今度は右足を覆う靴の中から『びき』という固く澄んだ音がした。
足首から先の感覚が一瞬失われ、その直後まるで炎で炙られているかのような激痛が襲いかかってくる。
「どこから、どこへ至るための道標だ」
またもや固く澄んだ音。両足の膝から下の感覚が失われ、両足からは正気をギリギリ失わない程度の凄まじい痛みと熱と冷たさが同時に襲いかかってくる。
「いいいいいい異世界から! い、異世界から、こ、この世界へ! 勇者を召喚するための、道標となる赤子だと!」
「異世界……勇者召喚術か。サンサルバシオンのディメン聖教会が成功させたと聞いたが、今度はシンカーの僧院が試みている、ということか」
「そうだ……」
ファルコは素直になった。
抵抗をしてもただ苦しむだけということは、嫌と言うほど理解できてしまった。
舌でも噛めば尋問を免れられるかとも試みたが、この銀髪の男は極めて高度な法術をも操ることが出来る。自ら死を選んでも即座に治療されてしまった。
そして一切の交渉の余地のない尋問が延々と続く。
どのみち助からないにしても、素直に口を割ってしまったほうが苦痛は少なくて済む。そう考えた若き僧は、戒律にも、崇拝する大僧正にも背く事を選んだ。




