15 護りたかった
マシッツの惨状は、アシュタロスの使い魔を通じてすぐにバルザックとアレクサンドラにも伝えられた。
特に度々マシッツへの食料支援を行っていたアレクサンドラは、報せを聞いて駆けつけようとしたものの、防衛を担うフォード騎士団長に『王の護衛が度々王の傍を離れるわけにはいかん』と止められ、救援のための馬車を派遣するに留められた。
騎士の姿を借りたアシュタロスの配下の口から語られた『村民はほぼ鏖殺の憂き目にあっている。生存者は3人。子供が1人攫われた』との報告は、疲労困憊のバルザックから言葉を失わせるに十分な衝撃をもたらしている。
「青い装束……シンカー王国がどうしてあんな田舎の何も無い村を」
アレクサンドラもわなわなと唇を震わせてうなだれる。
相変わらず書類の山で埋もれてしまいそうな王の執務室には、彼女の問いに答えるものはいなかった。
「小さい子供が攫われた、ということですが……その子は村の子供ですか」
『我が偉大なる大公爵、アシュタロス閣下が仰るには、かつてこの城に勤めていたリズという少女と、聖騎士の神託を受けた允恭という男の間の子とのこと』
異様に低い声の騎士は直立不動の姿勢のまま、まったく表情を変えず答える。
允恭、という名前には、アレクサンドラにも聞き覚えがあった。
かつてこのサンサルバシオン王国の宗教的な指導者として君臨していたネメス神官長が召喚したという、6人の異世界のもの達。
酒と女に溺れた挙げ句魔獣の巣に放り込まれ、骨も残らず貪り食われたという、勇者の神託をうけた須藤誠。
小児性愛者で城内の少女を何人もその毒牙にかけ、後にゴルドベルクとの戦いで敗死した聖騎士の村上允恭。
大魔道士の神託を受けながらも訓練を怠り、魔族の1人をその手にかけて以来酒に溺れた後マシッツに流れ着いた中西藍子。
そして現在ゴルドベルク王都パンゲアにおいて、叡明な王ヨシュアの庇護下にある拳王の大河内佐武郎に賢者小川菫、そして法術士の笹川綾子。
特に聖騎士の村上允恭とは以前、サンサルバシオン王国の第二騎士団長を勤めていた頃に、何度か言葉をかわしたことがある。
堕落した勇者や酒浸りの大魔道士と異なり、允恭は温厚篤実で勤勉な男のように見えた。少なくとも『成人した大人の女性』であるアレクサンドラに対しては允恭は他の官僚たちと違い、舐め回すような視線で肢体をじろじろ見るなどということはなかった。允恭に対するアレクサンドラの評価は、『騎士道精神を持つ温厚な紳士』という非常に高いものだった。
だがそれは、アレクサンドラが大人の女性であったからだ、ということを知ったのは、敗戦処理の最中である。
允恭は城内に努めていたメイドの少女や、まだ社交界でデビュタントを済ませたばかりの男爵令嬢といった『少女』に対してのみ、その獣欲を向ける性癖の男だった。
「あの聖騎士の子……」
允恭の世話係としてあてがわれたリズという少女は、誰にも助けを求めることもできない中で子供を身ごもってしまった。
おまけにゴルドベルクとの直接対決、エスター砦の戦いにも、允恭の慰み者として連れて行かれている。
同じくエスター砦の戦いに同行していた大魔道士、中西藍子が軍から逃亡する際、リズが乗っていた馬車を奪って逃げたのが奏功して二人は何とか南の寒村、マシッツへとたどり着いて、そこでリズは子を産んだ。
『現地の生存者は3名、その内のひとりは我が偉大なる大公爵アシュタロス閣下の主、聡明なる賢者スミレ様と同じく召喚者であるとのこと』
「召喚者でマシッツ、ということは大魔道士のことですね……よく無事で」
『バルトークの聖女、アヤコ様の治癒の奇跡により回復したとのこと』
「サーシャ、派遣した馬車はいつ頃マシッツに着きますか?」
「できるだけ急がせています。恐らくですが、2日後には」
「火攻めにあったということは、この寒空の下で雨風を凌ぐことも難しいでしょう。何とかして急がなければ」
『聡明なる賢者スミレ様一行が乗った馬車を使い、生存者も含め全員が北を目指し移動中とのこと、途中で落ち合うよう街道を使っているとのこと』
騎士の姿をしたアシュタロスの配下は、まるで感情というものをまるで持ち合わせていないかのように冷淡にそう語る。
「わかりました。この事は、ゴルドベルク王国のヨシュア陛下には?」
『我が同胞が、ゴルドベルク王都のエミリア・ダンタン中将閣下を通じてご報告申し上げているとのこと』
「そうですか……わかりました。サーシャ、頼みたいことがあります」
「はっ! すぐにマシっつへ向かう手筈を——」
「そうじゃありません。フォード騎士団長へ言伝をお願いします。マシッツ近隣の村、我が国の南東でシンカー王国の国境に近い街や村に、警備強化を打診してください。今すぐにです。それからサーシャ、あなたにも勝手な行動は許しません。良いですね? 私に無茶をするなと言った以上、サーシャにもその言葉は護ってもらいます。これは王命です、くれぐれも、マシッツへ向かおうなどと思わないでください」
「……わかりました……では、すぐにフォード団長へ伝えてまいります!」
ばん、と勢いよくドアを開けたアレクサンドラは、足早に場内の通路を進む。
王命、という言葉がアレクサンドラの背中にずっしりと重くのしかかっていた。
王の直接の命令ともなれば、それはどんな理不尽なものでも、人倫にもとるようなものであっても、家臣であれば従わなければならない。それだけの重さを持った言葉である。
その王の命令で『マシッツへ赴くことは許さない』と命を下されたとなれば、アレクサンドラにはその言葉に従う以外の選択肢は残されていない。
「くそっ……何が騎士だ! 貧しい村ひとつ、子供一人護れないとは!」
閑散とした王城内で、独り言の範疇を大きく超えたアレクサンドラの声に答えるものは、誰ひとりいなかった。




