13 寒村の惨劇
ダンタン中将邸のエミリアの手元にある魔道伝書に緊急のメッセージが入ったのは、サブが戻ってきたその日のことだった。
魔道伝書はネストリウスとヨシュアが共同開発した魔道具で、片方の伝書に文字や絵を書き入れると、どれだけ遠く離れていても対となる伝書にほぼ時を置かず、文字や絵が浮かび上がるというものだ。
エミリアが伝書を持って中将邸を忙しく走り回っていたのを呼び止めたサブが、細い伝書の巻物を受け取る。
「……コイツは、あの大魔道士の女からか」
サンサルバシオンの南の寂れた漁村、マシッツでシスターとして暮らしている元大魔道士、中西藍子からのものだった。
「旦那様、これが読めるのか?」
「あぁ」
エミリアの問いかけに、サブは短く答えて頷いた。
伝書に記されていた文字は日本語であった。
久々に見る日本語の文字で、短くこう書かれていた。
『村が襲われ子供が攫われた』
騒ぎを聞きつけた綾子と菫が伝書を見ると、綾子は小さく舌打ちをする。
「バルザックさんが言ってたのがコレか」
「お嬢、コイツはただ事じゃない。俺は行く」
「待ちなさいサブ。これは1人で動いてどうこうなるモンじゃないわ。スミレちゃん、急いで旅支度して。サブも。エミリアさん、度々ごめんなさい。またサブを借りるわ」
「うむ。これは何かただならぬ事態だろう。陛下には私から伝えよう」
エミリアの決断と行動は早かった。
パルはエミリアの指示をまたず馬車を手配し、素早く着替えたエミリアは王城へとすぐに向かう。
「ったく、次から次へと色々起こるわね。で? 子供が攫われたって書いてたけど、その子供ってまさかあのロリコン坊主の子供ってこと?」
「多分、そうでしょうや」
「村が襲われて、で子供が攫われた……襲ったついでに攫ったのか、攫うために襲ったのか、そこはどうなるのかしらね」
綾子が適当に着替えの類をマジックバッグに放り込み、革ベルトを腰に巻き付ける。
パルがホールのドアを開けると、よく通る声をあげる。
「馬車が到着いたしました。アヤコ様、スミレ様、サブ様、お急ぎください」
相変わらず仕事が早いパルは、既に馬車に道中必要であろう水や保存食、簡単につまめる軽食のバスケットを積み終えている。
綾子と菫は御者席のすぐ近く、出入り口となる後方にはサブが乗り込むと、パルが御者に何事かを告げ、小さな革袋を渡してから客車の中を覗き込んだ。
「サンサルバシオン王都を経由して、マシッツまで向かいます。途中で馬を替えて、全速力でおおよそ3日半の旅程になりますが、宿泊の手配などもご心配なく、私にお任せください。道中お気をつけて」
「わかったわ。ありがとパルさん。エミリアさんにもよろしく言っといて」
畏まりました、と礼儀正しく、恭しく頭を下げると、メイドとは思えぬ身軽さで馬車から飛び降り、走り始めた馬車に頭を下げる。
「ま、まに、あ、あわない」
菫が切羽詰まったような顔のまま、空中で指を軽く踊らせる。
馬車の荷台の一部が影のように暗くなり、その影から霞のように顔色の悪い男が現れた。
地球においては『地獄の大公爵』として知られる七人の魔王のうちの一人、アシュタロスだ。
独学で魔法陣学を修めた菫が、独自に作成した魔法陣でこの世界へ召喚している。
大悪魔が小柄な少女に付き従うのも奇妙な光景だが、当のアシュタロスは菫の才覚を気に入っているのか、まったく気にしていない。
『悠久の命を持つ吾輩にとっては、人の寿命が尽きるまでの時間など束の間だ。地獄も暇なのでな、退屈しのぎが出来るのならせいぜい100年程度、菫を主とするのも悪くない』
と語り、ゴルドベルクにおいて『魔王』と呼ばれる若きエルフの王、ヨシュアを苦笑させている。
『事情は知っている。我が主スミレよ、その漁村に先回りすれば良いのだな?』
「そうだわ、アシュさん! あなた先に行って、まだ襲われてる途中なら村を守ってあげて。あと、けが人がいないか調べておいて」
『……ということだがスミレよ、どうする』
青白い顔を向けられた菫はためらうことなく大きく頷いた。
「おねがい」
短くもこの上なく明快極まる返事に、地獄の大公爵は満足げに笑みを浮かべる。
『よかろう、では現地に向かう。もし襲っている者たちがいたらどうする』
「とりあえず皆殺しでいいわ。でも命令出してそうなやつは残しておいて」
綾子の答えもこの上なく明快で、そして一切の躊躇も慈悲もなかった。
『くくく……綾子よ、やはり貴様のその考え方は吾輩の好むところであるぞ』
「だから不健康なおっさんは好みじゃないって言ってるでしょ。絡んでるヒマがあんならさっさと行きなさい!」
綾子の一喝が効いたのか、アシュタロスは霞のようにその姿を消した。
馬車はかなりの速度で走っているが、物理的な距離を縮めることは出来ない。空間を超越する事が出来るアシュタロスの存在はこの上なく頼りになるものだ。
通常ならばゴルドベルク王都パンゲアからサンサルバシオンの王都を経由して、マシッツの小さな村にたどり着くには、どれだけ急いでも6日はかかるはずだ。
が、パルの手配が良かったのか、それとも道中菫がこっそりと馬車を曳く馬にドーピングのような魔術をかけ続けていたせいか、半分の旅程となる3日でたどり着くことが出来た。




