12 平和な王国
菫はほぼ毎日、エアリアが王都に持っている自宅に魔法を教わりに行っている。
そのたびに、ほぼ毎回のようにもう1人の大魔道士とも顔を合わせていた。
エルフ族の男、氷雪のネストリウスことゴルドベルク王国の大将軍の一人、ティベリウス・ネストリウスだ。
氷魔法を極めたと言われる男だが、その性情は氷とは反対でかなり情に厚い男である。
菫は同じ師、雷帝エアリアに指示する妹弟子である。時折エアリアに変わって菫に魔術の手ほどきをする際も、まるで年の離れた妹か娘に丁寧に教えるように指導をしている。
『同じ師に学ぶのであれば、私とお前は家族同然だ。師を母として敬い、しっかり学ぶことだ。私に協力できることがあるなら遠慮なく言うがいい。私はお前の兄も同然、本当の兄の代わりは出来んが、家族として常に助けたいと思っている事を覚えておいて欲しい』
と、穏やかに、だが力強く語るような男である。
その大将軍、ティベリウス・ネストリウスは、資金供与や食糧援助のための全権委任公使として近々サンサルバシオン王国へ赴く予定になっている。
「そっか、ティ、ティ…………その人って、凄い出来る人なんでしょ? 大将軍って偉い人なのに、サンサルバシオンなんかに行って大丈夫なのかしらね」
「ティベリウス、さん」
「そうそう、その人」
「てぃ、ティベリウス、さん、た、たしか、西、西の方を、ま、守って、守ってた、けど、ア、アイザック、さん、が、あ、あの、しょ、しょう、将軍に、なっ、た、から、そ、それ、で、西、以外も、まも、ま、守るって」
「ふぅん、そっか。軍人さんって大変よね」
綾子はさらっと流したが、本来ゴルドベルクの西を守っていたティベリウスが公使として派遣されるようになったのには、サンサルバシオンが事実上ゴルドベルクの属国となったことも大きく関係している。
ゴルドベルクから見るとサンサルバシオンは南東に当たる。
従来、雷帝エアリア・ダンタンは国の北方と東方を守護する管轄となっていたが、南東方面のサンサルバシオン方面は娘のエミリア・ダンタンと先ごろ少将に昇進したアイザック・ボルドらによって固く守られている。
そこで、エアリアは広大な国土の北と西を守るようになり、ネストリウスは南と東を担当するよう配置換えになっている。
シンカー王国はゴルドベルクと国境を接していないものの、コバルト顔料などの輸入はゴルドベルク南方の街が窓口となっていることもあり、対シンカー王国の体勢としては武神エミリア・ダンタン中将に、知勇兼備のオーガ族アイザック・ボルド少将、そして総指揮官としてティベリウス・ネストリウス大将軍という3人により、盤石の体制を敷くこととなった。
なお、この人事異動は大将軍エアリアにより『娘も無事に嫁の貰い手が出来ました。私も母として、子離れをしなければならない時期でしょう。娘のことは婿殿におまかせして、私はすこしばかり娘と距離を置くべきかと。いつまでも姑が娘にベタベタしていては、孫の顔を見るのが遅くなってしまいますから』という意見があったことは、大将軍ティベリウスと国王ヨシュアだけが知るところだ。
「ティ、ティベリウス、さん、も、もうすぐ、バ、バル、バルザック、さんの、とこに、い、行くって」
「へぇ、そうなんだ。じゃそのティベリウスさん? にも餞別でなにか渡しとこうかな」
「ティベリウス、さん、も、あ、あの、あ、あ、あま、甘いもの、が、好き」
「へぇ、じゃ出発前にまたクッキー買っとかないとね」
菫がにこ、と笑みを浮かべて綾子に顔を向ける。
この1年ほどで菫は背も少しだけ伸びて、今や綾子とほぼ同じ背丈になっている。
無表情ではあるものの美少女っぷりに磨きがかかって来ているのは、綾子だけでなくアシュタロスやサブ、エミリアも認めるところだ。
菓子屋で働く若いエルフ族の男などは、思い切って菫に声をかけようとしたが、たまたま同行していたサブのひと睨みで、あっさりと引っ込んでしまった。
「サブも多分3日か4日くらいしたら帰ってくるだろうし、私はどうしよっかなぁ。また病院でボランティアでもしよっかな」
綾子も、特に何も予定がない日には王都内にる王立病院へ赴き、けが人や病人の手当を手伝っている。
呪文を唱えることもなく、ただ触れるだけでどんな怪我も治してしまう、という評判は、すでにゴルドベルク王国全体にひろがっていた。
大きく伸びをした綾子を真似するように、ほぼ同じ格好で菫が大きく伸びをして胸をそらす。
ちら、と菫の胸に視線をむけた綾子は、少しだけ眉間にシワを寄せてから自分の胸に視線を落とす。
「……スミレちゃん、今15歳だっけ?」
こくり、と菫が小さく頷いた。
「……今度さ、エミリアさんちのパルさんに付き添ってもらって、下着新しいの買わないとね」
きょとんとした菫は、小さく首を傾げて綾子の目をじっとみて、視線を下に移す。
「あ」
小さくそう呟いてから、菫は何故か申し訳なさそうな顔でやや猫背になり、こくりと小さく頷いた。




