11 ゴルドベルク王都
ゴルドベルク王国王都にあるダンタン中将邸に住む最も小柄な女2人は、今日も連れ立ってゴルドベルク王都を散策していた。
共に身長が低く少し痩せているということと、髪色も瞳の色も同じであることから、2人が姉妹なのではないかと噂するものもいた。
肩や世界で唯一『賢者』の神託を受け、雷帝エアリア・ダンタンからも『ネストリウスどころか、私を超える日もそう遠いことではありません』といわれるほどの才覚を誇り、魔法先進国として知られるゴルドベルクが誇る図書館の魔導書をほぼすべて読破した、という噂もまことしやかに囁かれている。
姉と思しき女は、明らかな致命傷でもたちどころに回復させ、さらに死者すら蘇らせる奇跡をおこなったとされ、その奇跡の地の名を冠して『バルトークの聖女』と呼ばれている。
当の本人達はそんなだいそれた評判などまったく意に介す様子もなく、もはや入り浸っていると言ってもいいほど通い詰めた菓子屋のドアを開ける。
「あらいらっしゃい、聖女様も賢者様も」
「やめてよおばちゃん。私その呼ばれ方されると、何かムズ痒いのよね」
「良いじゃないのさ。アタシのダンナが聖女様に命を救われたってのは事実なんだからさ。一生忘れられない恩ってやつさ」
「さっさと忘れて。それより昨日頼んだの、出来てる? 今くらいの時間でしょ? 焼き立てが上がってくるの」
「聖女様も賢者様も、ほんとにウチのクッキーが好きなんだねぇ」
「お、お、おば、おばちゃ、お、おばちゃん、の、クッ、クッキー、バター、バターが、効いて、て、おい、おい、しい」
「あらまぁ、さすが賢者様! 分かるのねぇ、ウチは特別なバターを使ってるのよ。長毛牛の乳を使ったバターでねぇ。これが一番コクがあって美味いのよ」
オーク族の菓子屋の女主人は満面の笑みを浮かべ、小さく豚の形の鼻を鳴らす。
オークと言えば、ヒト族からすれば蛮族中の蛮族であり、読み書きも出来ず共食いも辞さない凶暴な種族ということになっているが、実際はドワーフ族並に頑健で膂力にも優れる種族である。
さらに温厚で農耕文化が深く根付いている種族であり、ゴルドベルク王国の食糧生産の半分以上はオーク族が経営する農場で作られている。
特に畜産に関してはオーク族の右に出る種族はおらず、乳牛や肉牛の品種改良でヨシュア王や前女王マリアベルから度々勲章を授けられている。
「ゴルドベルクは何でも美味しいけど、魚はあんまりないのよね」
「まぁそうさねぇ。ゴルドベルク王都は海から遠いからね。どうしても足が速い魚は塩漬けか燻製くらいしかなくてねぇ。まぁ、少し前までは魚と塩は輸入に頼ってたんだよ」
「塩ねぇ。それってやっぱり海岸の国から?」
「そうだね。シンカー王国ってのが大陸の東南の端にあってね。まぁ商売で成り立ってる小さな国なんだけどね、塩とコバルト顔料ならシンカー産が一番、って言われてたくらいさ。まぁ今となっちゃ、塩は国内でも岩塩の鉱脈が見つかったの何だのって話で、随分安くなったよ」
不意に綾子の服の袖を菫がくいくいと引っ張る。
菫の視線の先にあったのは『塩バタークッキー』という、美味しい予感しかしない代物である。
「流石ねスミレちゃん……それ、大当たりの予感しかしないわ」
「こ、これ、あの、あ、あや、綾子、さん、これ、買っても、いい?」
「当たり前じゃない! 買うわよ。えっと、とりあえず私とスミレちゃん、それにエミリアさんとエアリアさんの分もいるわよね。アシュさんも食べるかしらね。それじゃあ……」
「さ、さぶ、さ、さぶ、さんのも、買っ、買って、あげ、ないと」
「あぁそうね。最近サブも甘いの食べるようになったのよねぇ。エミリアさんと一緒にお茶するようになったからかしらね。じゃあ……えっと、いくつかしら」
「ひ、ひと、ひとり、ふたつずつ、で、じゅ、12個」
「んー……まぁ面倒くさいわ。ねぇオバちゃん、この塩バタークッキー、あるだけちょうだい」
実に豪快な買い方である。が、この買い物は王都内の店においてはもはやありふれた光景だ。
綾子はクッキーだけではない、炭火で焼いた肉を薄いパンに挟んだファストフードに、1枚1枚がステーキくらいのサイズになっている串焼き肉など、豪快に買っては豪快に食べる姿が日常的に目撃されている。
賢者の菫は普段は物静かだが、新作のクッキーやフィナンシェなどの焼き菓子が出ると、どこから情報を聞きつけたのか、いつの間にかしれっと行列に並んで誰にも気付かれることもなく目当ての品を買い込んで去っていく。
甘味に限っては神出鬼没な賢者に、人目をはばからず豪快に買食いをする聖女の組み合わせは、もはや王都の名物になりつつある。
この日も、塩バタークッキーをあるだけ買い込んだだけに見えた2人だが、いつの間にか菫はロールクッキーもあるだけ買い込んでいた。2人が店を出た直後から女主人は大忙しとなるが、2人は金払いも極めていいため、完全に嬉しい悲鳴状態だ。
「ねぇスミレちゃん、今度エアリアさんのレッスンっていつだっけ?」
「あ、あし、あし、明日、お昼、から」
「そっか。じゃあ明日のレッスンのときにエアリアさんの分、持ってってくれる?」
こくり、頷く菫の髪は、この世界に召喚されたときから比べるとかなり伸びている。
綾子はこまめに髪を切っているため常にショートカットの状態を保っているが、菫は一度も髪を切っていない。
綾子と同じく短かった菫の髪は、もう肩に届くくらいに伸びている。
普段は綾子が細かく編み込んだりしているが、菫自身はあまり可愛い髪型などにはあまり興味がないようだ。食事の時などはじゃまにならないように、首の後ろで雑にひとつに束ねるくらいだ。
「エアリアさん、いつ見てもキレイだよねぇ……なんかさ、女たるものああなりたいって思っちゃう。強くてキレイで優雅でさ」
こくり、と再び菫が頷き、自らの胸元を見下ろす。
成長途上の自分の身体と、すぐとなりを歩く綾子の身体を見比べ、なぜか少し安心したような笑顔を浮かべる菫は、大事そうにクッキーの袋を抱えて、ぴょんと下手くそなスキップをして見せる。
「どしたのスミレちゃん? なにか良いことあった?」
姉と慕う綾子に呼び止められ、振り返ってにっこりと笑みを浮かべた菫は、無言のまま軽く顔を横に振った。




