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第九十三章 カケラを狙う鬼の面


「……何者だ。」


鬼神面の男は答えない。


赤い瞳は王にも王妃にも向けられることなく、ただ何重もの南京錠で閉ざされた石室の扉だけを見据えている。


その姿を見た王の表情が変わった。


「まさか……。」


息を呑む。


「その面。」


「本当に存在していたのか……。」


王妃が小さく目を見開く。


「面……?」


王は男から目を離さぬまま、小さく頷いた。


「幼い頃から語り継がれてきた。」


「遠い昔、鬼と契約し、世界へ災いをもたらした一族がいたと。」


「その者たちは鬼神面を纏い、人々から恐れられていたという。」


王は剣を握る手へ力を込める。


「子どもへ聞かせる昔話だと思っておった。」


「まさか……実在するとは。」


宝物庫へ重苦しい沈黙が落ちる。


鬼神面の男はなおも何も語らない。


ゆっくりと一歩、また一歩。


石床へ靴音だけが響く。


その姿は焦る様子もなく、まるで目的地へ歩いているだけのようだった。


王は剣を構え直す。


「止まれ。」


男の足は止まらない。


「これ以上近付けば容赦はせぬ。」


鬼神面はようやく王へ視線を向けた。


仮面の奥で赤い瞳だけが静かに揺れる。


「退け。」


短い一言だった。


しかし、その声には逆らうことを許さない圧があった。


王は一歩も退かない。


「ここは王家の宝物庫。」


「神宝は、この命に代えても守る。」


鬼神面は小さく息を吐いた。


「……そうか。」


その一言だけを残し、再び石室の扉へ視線を戻す。


王妃は神宝を守るように、南京錠の掛けられた扉の前へ立った。


両手を重ね、小さく深呼吸をする。


「この先へは通しません。」


鬼神面は静かに王妃を見た。


「退け。」


「退きません。」


迷いのない返事だった。


「この扉の向こうには、多くの人の願いが眠っています。」


「あなたには渡せません。」


鬼神面はわずかに首を傾ける。


仮面に隠された表情は見えない。


だが、その赤い瞳だけが静かに細められる。


「……命に代えてもか。」


王妃は微笑んだ。


「私が始めてしまったことです。」


「だから最後まで、私が守ります。」


その言葉を聞き終えると、鬼神面は静かに右手を仮面へ添えた。


カチリ。


小さな音が宝物庫へ響く。


次の瞬間。


床一面へ赤黒い術式が走った。


幾重もの円が重なり合い、無数の呪符が宙へ浮かび上がる。


空気が震える。


兵士たちの顔から血の気が引いた。


王は剣を強く握り締める。


「来るぞ!」


鬼神面は静かに告げた。


鬼神招来きじんしょうらい――」


術式が赤く輝きを増す。


開式かいしき。」


宝物庫を、轟音とともに眩い光が飲み込んだ。


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