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第九十一章 神宝を狙う人たち


「……王妃は、その日決めた。」


「この欠片は、誰にも渡さないと。」


「それが。」


「すべての始まりだった。」


王の声が、静かな宝物庫へ響く。


誰も口を開かない。


神宝は、ニャオミーの手の中で穏やかな光を宿していた。


まるで、その頃を思い出すように。


王はゆっくりと日記をめくる。


「最初は、小さな違和感だった。」


「違和感?」


ユウトが首を傾げる。


「城下町で、神宝について聞き回る者が現れ始めた。」


「王家に不思議な宝石があるらしい。」


「見せてほしい。」


「譲ってほしい。」


「そんな話ばかりだった。」


「最初は、ただの噂話じゃと思っておった。」


王は苦く笑う。


「しかし。」


「日に日に、その数は増えていった。」


日記をめくる指が止まる。

 

そこには、走り書きのような文字が並んでいた。


『最近、お城の周りを見慣れない人が歩いている。』


『兵士さん達も少し落ち着かないみたい。』


『……少し、嫌な予感がする。』


ニャオミーは、母の文字を静かに見つめていた。


王は続ける。


「王妃は、城下だけではないことに気付いた。」


懐から、一通の手紙を取り出す。


封蝋は割られ、紙も少し色褪せている。


「研究者とのやりとりだ」


 


柔らかな陽射しが差し込む、小さな研究室。


 


本棚には、古い文献が隙間なく並んでいる。


 


机の上には、人間界と妖の国を描いた古い地図。



研究者は、机の上へ置かれた神宝を静かに見つめていた。



窓の外では、人々が行き交う声が聞こえる。



けれど、その穏やかな景色とは裏腹に、部屋の空気は重かった。



「……最近、この辺りを見知らぬ者がうろついています。」



王妃の表情が曇る。


「やはり……。」


研究者は静かに頷いた。


「私だけではありません。」


「神宝について探る者が、人間界にも現れ始めました。」


部屋へ沈黙が落ちる。


王妃は、そっと神宝へ手を伸ばいた。


淡い光が指先を優しく包む。


その温もりは、初めて出会った日と何も変わっていなかった。


「……ごめんなさい。」


ぽつりと呟く。


「私が、この宝石を見つけてしまった。」


「私が始めてしまったことだわ。」


研究者は静かに首を横へ振る。


「王妃殿。」


しかし王妃は、小さく微笑んだ。


どこか吹っ切れたような、優しい笑みだった。


「だから。」


「この子は、私が王国へ持って帰ります。」


研究者が目を見開く。


「ですが、それでは王妃殿が……。」


王妃は神宝を胸へ抱いた。


「大丈夫です。」


「王国には、歴代の王家しか入れない大きな宝物庫があります。」


「きっと、そこなら誰にも見つからない。」


少しだけ視線を落とす。


「それに。」


「この宝石に関わったあなたも、もう狙われています。」


「これ以上、人間界を巻き込みたくありません。」


研究者は俯いた。


その言葉が正しいことは、自分自身が一番よく分かっていた。


ここ数日、研究室の周囲には見慣れない人影が増えている。


夜中に窓を叩かれたこともあった。


本棚を漁られた跡も見つかった。


もう、この場所は安全ではない。


やがて研究者は、小さく息を吐いた。


「……分かりました。」


「神宝は、お返しします。」


そう言って、木箱を王妃の前へ差し出す。


王妃は大切そうに抱き寄せた。


研究者は静かに微笑む。


「どうか、お気を付けください。」


王妃も優しく笑い返す。


「ええ。」


「必ず、またお会いしましょう。」


「はい。」


二人は固く握手を交わした。


互いの無事を願いながら。


その時はまだ。


その別れが、永遠の別れになるなど。


誰も思ってはいなかった。

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