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第九十章 王妃の残した秘密

宝物庫の中は、静まり返っていた。


 


神宝の欠片は、ニャオミーの手の中で淡く輝いている。


 


誰も言葉を発しない。


 


先ほどまでの出来事が、あまりにも不思議だったからだ。


 


やがて。


 


王が静かに息を吐いた。


 


「……話そう。」


 


その声は、長い間胸の奥へしまい続けてきた記憶を、ようやく開くようだった。


 


「王妃が、この欠片と出会った日のことを。」


 


ニャオミーは、小さく頷く。


 


王は神宝を見つめながら、ゆっくり語り始めた。


 


「今から二十年ほど前。」


 


「王妃は城下町の外れにある森で、この欠片を見つけた。」


 


木漏れ日の差し込む森。


 


落ち葉の中で、ひときわ美しく輝く小さな石。


 


王妃はそれを拾い上げ、嬉しそうに私へ見せに来た。


 


『見てください。』


 


『こんなに綺麗な石を見つけたんです。』


 


王は、その時のことを思い出すように小さく笑う。


 


「ただの珍しい宝石だと思っておった。」


 


「まさか、それが後に王国の運命を変えるとは思いもしなかった。」


 


部屋は静かだった。


 


王の声だけが響いている。


 


「その頃の王国は、まだ今ほど豊かではなかった。」


 


「作物が育たぬ年もあれば、不作に苦しむ村もあった。」


 


「だが。」


 


王は静かに神宝を見る。


 


「欠片を持ち帰ってから、不思議なことが続いた。」


 


「畑は実り。」


 


「花はよく咲き。」


 


「病で弱っていた妖獣まで元気を取り戻した。」


 


「まるで王国全体へ祝福が降り注いだようだった。」


 


「へぇ……。」


 


ユウトが思わず声を漏らす。


 


ニャオミーも静かに耳を傾けていた。


 


「王妃も最初は喜んでいた。」


 


『幸運を呼ぶ宝石なのかもしれませんね。』


 


そう笑っていた。


 


「だが。」


 


王の表情が少しだけ曇る。


 


「王妃は、あることに気付いた。」


 


「あること?」


 


ユウトが聞き返す。


 


「この欠片は。」


 


「時折、自分へ近付いてくる。」


 


「誰も触れていないのに、王妃の傍へ寄ってくることがあった。」


 


ニャオミーが、そっと手の中の欠片を見る。


 


つい先ほど、自分に起きたことと同じだった。


 


「王妃は、それを偶然とは思わなかった。」


 


「この石には、何か意味がある。」


 


「そう考え、正体を調べ始めた。」


 


王は懐から、一冊の古い手帳を取り出した。


 


「その時、力を貸してくれたのが。」


 


「人間界の研究者だった。」


 


ルゥが静かに目を細める。


 


「神宝について知っておったのか。」


 


「いや。」


 


王は首を横へ振る。


 


「その者も実物を見るのは初めてだった。」


 


「だが、古い神話や伝承を数多く調べていた。」


 


「王妃は何度も人間界へ足を運び、その者と共に、この欠片について調べ続けた。」


 


ニャオミーは、小さく息を呑む。


 


少女漫画。


 


焼き菓子。


 


母が「外の国のもの」と話していた思い出。


 


あれは、研究の合間に持ち帰ってきたものだったのだ。


 


「だから……。」


 


ニャオミーが小さく笑う。


 


「お母様、あんなに人間界のお話が好きだったんだ。」


 


王も穏やかに頷いた。


 


「ああ。」


 


「研究者は、神話だけではなく、人間界の本や菓子もよく贈ってくれていた。」


 


「王妃は、それをお前へ見せるのが好きだった。」


 


「いつか人間界へ連れて行ってあげたい。」


 


そう話しておったよ。


 


ニャオミーは目を伏せる。


 


胸の奥が、じんわりと温かくなった。


 


「そして。」


 


王の声が、再び静かになる。


 


「長い調査の末、その研究者は一つの結論へ辿り着いた。」


 


王は、大切そうに一通の封筒を取り出した。


 


年月を感じさせる古びた封蝋。


 


慎重に封を開く。


 


『この宝石は、神宝である可能性が高い。』


 


『神の力を持った宝玉。』


 


『しかし――』


 


王の声が止まる。


 


部屋の空気が、少しだけ重くなった。


 


『その力を欲する者が現れれば。』


 


『祝福は、争いの火種にもなり得ます。』


 


『どうか、誰の手にも渡さないでください。』


 


『神宝は、人の欲によって災いへ変わります。』


 


誰も言葉を発しなかった。


 


王は静かに手紙を閉じる。


 


「……王妃は、その日決めた。」


 


「この欠片は、誰にも渡さないと。」


 


「それが。」


 


「すべての始まりだった。」

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