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第八十六章 おかえり王女様

街へ足を踏み入れた瞬間。


 


ユウトは思わず足を止めた。


 


白い石畳の道。


 


色とりどりの花が並ぶ街路。


 


窓辺には鉢植えが飾られ、焼きたてのパンと甘いお菓子の香りが風に乗って流れてくる。


 


道行く猫耳の人たちは穏やかに笑い合い、広場では子どもたちが追いかけっこをしていた。


 


「……。」


 


ユウトが辺りを見回す。


 


「こうして見ると。」


 


ぽつりと呟く。


 


「全然、妖の国って感じしないな。」


 


「人間の街みたいだ。」


 


ルゥが腕を組んだ。


 


「我は一回目からそう思っておったぞ。」


 


「一回目?」


 


ユウトがじとっと見る。


 


「俺、一回目ほとんど牢屋にいたんだよ!!」


 


「そうじゃったの。」


 


「そうじゃったの、じゃない!」


 


「街並みどころか天井しか見てねぇ!」


 


「たしかに。」


 


コハクが小さく笑う。


 


「最初の猫又王国の思い出、牢屋だったものね。」


 


「思い出したくない。」


 


ユウトは遠い目をした。


 


その横でニャオミーが吹き出す。


 


「えへへっ。」


 


「今回はちゃんと案内するから!」


 


耳と二本の尻尾を嬉しそうに揺らしながら、ニャオミーは元気よく駆け出した。


 


「まずはパン屋さん!」


 


「その次は洋菓子屋さん!」


 


「あと本屋さんも絶対だからね!」

 



ニャオミーは得意げに胸を張った。


 


「この通り、大好きなんだ!」


 


「あっ、パン屋さん来たよ!」


 


店先には、猫の顔を模した焼き立てのパンがずらりと並んでいた。


 


「かわいい……。」


 


コハクが小さく呟く。


 


「味も美味しいんだよ!」


 


ニャオミーが一つ買って差し出す。


 


「はい!」


 


「え、いいの?」


 


「おかえり記念!」


 


「誰のおかえり?」


 


「私!」


 


「自分かよ。」


 


ユウトが笑う。


 


パンは外が香ばしく、中は驚くほどふわふわだった。


 


「美味しい……。」


 


「ね!」


 


ニャオミーの耳が嬉しそうに揺れる。


 


「次はこっち!」


 


今度は洋菓子店だった。


 


ショーケースには、色鮮やかなお菓子が並んでいる。


 


月雲クリームをたっぷり乗せた三日月苺タルト。


 


鈴星砂糖をまぶしたクッキー。


 


猫ひげ模様の焼き立てパイ。


 


「全部食べたい……。」


 


たぬぷぅが、じっと見つめる。


 


「だめじゃ!」


 


ルゥが即答した。


 


「昼ご飯が入らなくなる。」


 


「……。」


 


たぬぷぅは真剣に考え込む。


 


数秒後。


 


「……昼ご飯も食べる。」


 


「食べる前提なんじゃな。」


 


ルゥが呆れた。


 


みんなが笑う。


 


そのまま大通りを歩いていると、本屋が見えてきた。


 


木製の看板には、猫が本を読んでいる絵。


 


店内には本が天井近くまで積み上げられ、紙の匂いが心地よく漂っていた。


 


「ここ!」


 


「私、小さい頃よく来てたの!」


 


ニャオミーが懐かしそうに本棚を見上げる。


 


「へぇ。」


 


ユウトが店内を眺めていると、一冊の少女漫画が目に入った。


 


「……これ。」


 


「あーーーっ!!」


 


ニャオミーが慌てて奪い取る。


 


「だめ!」


 


「なんで?」


 


「なんでも!」


 


耳まで真っ赤だった。


 


コハクが本の表紙をちらりと見る。


 


「恋愛漫画?」


 


「ち、違うもん!」


 


「違わないわね。」


 


「うぅ……。」


 


その時だった。


 


「あら。」


 


通りを歩いていた女性が立ち止まる。


 


「ルミナリア様?」


 


ニャオミーも振り返る。


 


「あっ。」


 


女性は目を丸くしたあと、ぱっと笑顔になった。


 


「本当に姫様だ!」


 


その声に周囲の人たちも振り返る。


 


「あっ!」


 


「姫様!」


 


「お帰りなさい!」


 


次々に声が飛ぶ。


 


「お、お久しぶりです!」


 


ニャオミーも笑顔で手を振った。


 


けれど。


 


どこか少しだけぎこちない。


 


嬉しい。


 


でも。


 


少しだけ照れくさい。


 


そんな笑顔だった。


 


「……。」


 


ユウトは、その横顔をそっと見つめる。


 


数年前、


 


家を飛び出した王女。


 


みんな笑顔で迎えてくれる。


 


それなのに。


 


ニャオミーは、どこか申し訳なさそうに笑っていた。


 


その空気を破るように、後ろから穏やかな声が聞こえる。


 


「皆さん、お集まりですね。」


 


振り返る。


 


銀色の髪が陽光を受けて輝いていた。


 


整った顔立ち。


 


気品ある立ち姿。


 


「クズ男!」


 


「略さないでください。」


 


今日も即答だった。


 


周囲の住民たちがくすっと笑う。


 


「クグ様だ。」


 


「王がお待ちです。」


 


「えー……。」


 


「まずはお顔だけでも。」


 


「うぅ……。」


 


ニャオミーが助けを求めるようにユウトたちを見る。


 


ルゥが腕を組んだ。


 


「観念せい。」


 


「帰ってきたんじゃろ?」


 


「……。」


 


ニャオミーは小さく息を吐く。


 


そして。


 


「……うん。」


 


静かに頷いた。


 


クグも優しく微笑む。


 


「では、ご案内します。」


 


王城へ向かう石畳の道を、一行はゆっくり歩き始めた。


 


その途中。


 


街のあちこちから、また声が聞こえてくる。


 


「姫様、お帰りなさい!」


 


「また遊びに来てくださいね!」


 


「お元気そうで良かった!」


 


その一つ一つに。


 


ニャオミーは足を止め、笑顔で手を振り返した。


 


その笑顔は少し照れくさそうで。


 


でも、とても幸せそうだった。

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