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第八十五章 お菓子の国猫又王国

翌朝。


 


九尾の里を出た一行は、山道を進んでいた。


 


木漏れ日が揺れる獣道を歩きながら、ルゥが大きく伸びをする。


 


「ふぁぁぁ……。」


 


「祭りの後は眠いのう。」


 


「めちゃくちゃ食べてたもんね。」


 


ユウトが苦笑した。


 


「祭りとは食べるものじゃ。」


 


「違うと思う。」


 


即座に返される。


 


そんなやり取りを聞きながら。


 


コハクは、少しだけ口元を緩めた。


 


昨日まで胸を締め付けていた重苦しさは、どこか薄れている。


 


未来は変わった。


 


まだ信じきれない部分もある。


 


けれど。


 


あの時、自分は確かに手を伸ばした。


 


そして、生きている。


 


頬を撫でる初夏の風が、どこか心地よかった。


 


「コハク。」


 


不意にルゥが振り返る。


 


「なんじゃ?」


 


「顔。」


 


「顔?」


 


「昨日より柔らかい。」


 


「……。」


 


コハクが目を細める。


 


「気のせいよ。」


 


「いや、違うのう。」


 


ルゥがにやにやした。


 


「未来を変えた九尾殿は一味違う。」


 


「うるさい。」


 


即答だった。


 


「照れておる。」


 


「照れてない。」


 


「照れておる。」


 


「照れてない。」


 


「照れて――」


 


「しつこい。」


 


ぱしん。


 


扇子が飛んだ。


 


「いたっ!?」


 


ルゥが頭を押さえる。


 


「龍神に暴力反対じゃ!」


 


「自業自得。」


 


コハクは涼しい顔だった。


 


「あはははっ!」


 


ニャオミーが楽しそうに笑う。


 


たぬぷぅは、その横で黙々と歩いていた。


 


「……。」


 


「……たぬぷぅ?」


 


ユウトが声を掛ける。


 


「……。」


 


「……おなかすいた。」


 


「まだ朝ご飯食べて一時間も経ってないよ!?」


 


「……。」


 


真顔だった。


 


「燃費どうなってるんじゃ。」


 


ルゥが呆れる。


 


すると。


 


今度はニャオミーが、くるりと振り返った。


 


「ねぇねぇ!」


 


「ん?」


 


「猫又王国着いたら、絶対お菓子食べてね!」


 


急に始まった。


 


「美味しいの?」


 


ユウトが聞く。


 


「美味しいなんてもんじゃないよ!」


 


ニャオミーが両手を広げた。




「ふわふわの月雲クリームが乗った三日月苺タルトとか!」


 


「焼きたての猫ひげパイとか!」


 


「鈴星砂糖クッキーとか!」


 


「あとね!」


 


「あとね!」


 


止まらない。


 


「本屋もあるし!」


 


「時計塔もあるし!」


 


「大通りの噴水も綺麗だし!」


 


「祭りの広場も――」


 


「うるさい。」


 


ルゥが切った。


 


「まだ着いてもおらん。」


 


「えへへ。」


 


ニャオミーは笑う。


 


それでも足取りは軽かった。


 


耳も尻尾も、ずっと嬉しそうに揺れている。


 


その背中を見ながら、ユウトがふと思い出したように口を開いた。


 


「そういえば。」


 


「ん?」


 


「猫又王国、大丈夫だったのか?」


 


ニャオミーが首を傾げる。


 


「大丈夫?」


 


「ほら。」


 


ユウトが頭を掻く。


 


「前に襲撃されたじゃん。」


 


「ああ。」


 


ルゥが頷いた。


 


王国を襲った獣たち。


 


街も城も、決して小さくない被害を受けていた。


 


「あれから再建、大変なんじゃないかな。」


 


ニャオミーは、にぱっと笑った。


 


「それがね!」


 


胸を張る。


 


「パパから、もうだいぶ直ったって連絡来てた!」


 


「連絡?」


 


ユウトが首を傾げる。


 


「どうやって?」


 


「伝書鳩みたいな感じ?」


 


ニャオミーが空を指差した。


 


「手紙を運んでくれる妖獣がいるの。」


 


「妖獣が郵便屋さんやってるんだ。」


 


「そうそう!」


 


「ふぅん。」


 


ユウトが感心したように頷く。


 


「便利だな。」


 


「でしょ!」


 


ニャオミーの尻尾が、ぶんぶん揺れた。


 


「街もお店も、ほとんど元通りなんだって!」


 


「だから、みんなに見せたかったの!」


 


「楽しみなのね。」


 


コハクがぽつりと呟く。


 


ニャオミーは、きょとんと目を瞬かせた。


 


「うん。」


 


そして。


 


少しだけ照れくさそうに笑う。


 


「だって。」


 


前を向く。


 


木々の向こう。


 


まだ見えない故郷へ。


 


「私の国だもん。」


 


その一言だけだった。


 


けれど。


 


それだけで十分だった。


 


故郷が大好きなのだ。


 


それが伝わってくる。


 


しばらく歩いた頃、木々が途切れ目の前が一気に開けた。


 


「――あ。」


 


ユウトが思わず声を漏らした。


 


丘の向こう。


 


陽光を浴びながら、一つの街が広がっていた。


 


白い石造りの建物。


 


赤や青の屋根。


 


中央には大きな時計塔がそびえ立ち、その周囲を石畳の道が蜘蛛の巣のように伸びている。


 


遠くには色とりどりの花壇。


 


噴水の水飛沫が陽光を受けてきらきらと輝いていた。


 


煙突からは白い煙が立ち上り、市場らしき場所にはたくさんの人影が見える。


 


襲撃を受けたとは思えないほど。


 


街は生きていた。


 


「すご……。」


 


ユウトが呟く。


 


コハクも、静かに目を見開いていた。


 


「綺麗。」


 


「じゃろう?」


 


なぜかルゥが胸を張る。


 


「ルゥの国じゃないでしょ。」


 


即座にコハクが突っ込んだ。


 


「えへへ。」


 


ニャオミーが嬉しそうに笑う。


 


その視線は、ずっと故郷へ向いていた。


 


風が吹く。


 


遠くから鐘の音が聞こえた。


 


かぁん。


 


かぁん。


 


澄んだ音が空へ響く。


 


それを聞いた瞬間。


 


ニャオミーの耳が、ぴくりと動いた。


 


そして。


 


誰よりも優しい顔で。


 


ぽつりと呟く。


 


「――ただいま。」


 


その言葉を迎えるように、初夏の風が猫又王国へ吹き抜けていった。

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