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第八十四章 3つ目の神宝の欠片

「……なんだ、あれ。」


 


ユウトが指差した先で、小さな光が揺れていた。


 


焼け焦げた地面。


 


黒く煤けた木片の隙間。


 


月明かりを受けて、それだけが淡く輝いている。


 


「む?」


 


ルゥが眉をひそめる。


 


全員が、その光へ視線を向けた。


 


まだ少し煙の匂いが残る焼け跡を踏みながら、ゆっくり近づいていく。


 


近くで見ると、それは手のひらほどの小さな欠片だった。


 


透き通るような光を宿し、静かに脈打つように明滅している。


 


「これ……。」


 


コハクがしゃがみ込む。


 


金色の瞳が、わずかに見開かれた。


 


「神宝の欠片よ。」


 


「やっぱりか。」


 


ユウトが息を吐く。


 


こんなところにまで欠片が飛んでいたらしい。


 


「しかし……。」


 


ルゥが腕を組む。


 


「なぜ、こんな場所にあったのじゃ?」


 


欠片の周囲には、焼け落ちた柱の破片が散らばっている。


 


黒く焦げた木片を見ながら、ニャオミーがぽつりと呟いた。


 


「もしかして……。」


 


「この欠片が火事を起こしたの?」


 


「あり得る。」


 


ルゥが真剣な顔で頷いた。


 


「神宝の穢れは、生き物だけに影響するとは限らぬ。」


 


「たぬぷぅの森でも異変が起きておったし、そらぴすも山菜が枯れていたと言っておった。」


 


夜風が吹く。


 


焼けた木の匂いが鼻を掠めた。


 


「じゃあ、森だけじゃなくて……。」


 


ニャオミーが欠片を見る。


 


「自然そのものがおかしくなってるってこと?」


 


「可能性はあるのう。」


 


ルゥの表情は険しかった。


 


だが。


 


「……違うと思う。」


 


静かに口を開いたのはコハクだった。


 


全員の視線が集まる。


 


コハクは、崩れた社へ目を向ける。


 


「今回の火事は異変というより……事故よ。」


 


「事故?」


 


ユウトが聞き返す。


 


「花火の火の粉が柱へ移ったの。」


 


「そこから燃え広がった。」


 


「……ああ。」


 


ユウトも振り返る。


 


倒れた柱。


 


燃えた屋根。


 


確かに、あの時見た光景と一致している。


 


「自然発生じゃなくて、偶然が重なった感じか。」


 


「うん。」


 


コハクが頷く。


 


「でも。」


 


ルゥが欠片を見る。


 


「欠片がここにあったのも事実じゃ。」


 


「穢れが悪い流れを呼び寄せた可能性はある。」


 


しばし沈黙が落ちる。


 


誰も答えを持っていなかった。


 


けれど。


 


一つだけ分かることがある。


 


「欠片集め、急がないとな。」


 


ユウトが呟く。


 


もし穢れが広がり続ければ。


 


今度はもっと大きな被害が出るかもしれない。


 


「うむ。」


 


ルゥも頷いた。


 


「放っておけば、さらに悪いことが起こるやもしれん。」


 


その時だった。


 


ルゥが、ふとコハクへ目を向ける。


 


「……それはそうと。」


 


「なんでお主は、こんなところにおったのじゃ?」


 


「あっ!」


 


ニャオミーが慌てて声を上げた。


 


「ルゥ!」


 


「しーっ!!」


 


ルゥの耳元へ顔を寄せる。


 


「コハクさんだけじゃなくてユウトもだよ!」


 


「少女漫画でよくあるじゃん!」


 


「二人で抜け出すやつ!!」


 


こしょこしょ。


 


本人は小声のつもりだった。


 


しかし。


 


全員に聞こえていた。


 


「二人で……。」


 


たぬぷぅが首を傾げる。


 


「ぬけだす……?」


 


「なんで……?」


 


「わ、私に聞かないでよぉぉぉ!?」


 


ニャオミーが真っ赤になる。


 


「だから違うって!」


 


「だから違うってば!」


 


ユウトとコハクが同時に叫んだ。


 


ぴたり。


 


見事なまでに息が合っている。


 


「……ほう?」


 


ルゥがじとりと見る。


 


「違うから!」


 


「違うわよ!」


 


さらに息が合った。


 


ルゥの目がますます細くなる。


 


コハクは観念したように、小さく息を吐いた。


 


「……実は。」


 


みんなを見る。


 


少し迷った後。


 


静かに口を開いた。


 


「私、花火が苦手なの。」


 


「えっ?」


 


ニャオミーが目を丸くする。


 


優しく輝く月が、コハクの髪を淡く照らしている。


 


「小さい頃。」


 


「嫌な未来ばかり話して。」


 


「厄病神って呼ばれてた。」


 


「みんなに避けられて……友達もいなかった。」


 


誰も口を挟まない。


 


風だけが静かに吹いていた。


 


「花火を見ると。」


 


「その頃のことを思い出すの。」


 


「それと……。」


 


コハクは一度だけ目を閉じる。


 


「昨日。」


 


「私とユウトが死ぬ未来を見た。」


 


全員が息を呑んだ。


 


「みんなを巻き込みたくなくて。」


 


「だから、一人になったの。」


 


しん、と静まり返る。


 


そして。


 


「なんで早く言わんのじゃ!!」


 


ルゥの声が夜へ響いた。


 


「みんなで考えればよかったじゃろう!」


 


「一人で抱え込む必要などなかった!!」


 


コハクが目を伏せる。


 


「……そうね。」


 


少しだけ笑った。


 


寂しそうな笑顔だった。


 


「私。」


 


「未来を変えたいって考えることを、忘れてたの。」


 


「……。」


 


「嫌な未来を見るたびに。」


 


「どうか起きませんようにって願うだけで。」


 


「いつの間にか、抗うことをやめてた。」


 


夜風が吹く。


 


長い白髪が、さらりと揺れる。


 


「だって。」


 


「私の見た未来が変わることなんて、本当になかったから。」


 


小さな声だった。


 


「……じゃが。」


 


ルゥが言う。


 


「変わった。」


 


コハクが顔を上げる。


 


「白霧山の時も。」


 


「今回もじゃ。」


 


「……うん。」


 


コハクが頷く。


 


「最初に変えたのは、ユウトだった。」


 


「たぬぷぅが死ぬ未来を変えた。」


 


「そして今回も……。」


 


その時。


 


ユウトが頭を掻いた。


 


「いや。」


 


「今回はコハクだろ。」


 


「え?」


 


「だって。」


 


ユウトが笑う。


 


「コハクだって、未来に抗ったじゃん。」


 


「変えようって頑張ったじゃん。」


 


コハクが言葉を失う。


 


「だから。」


 


「俺だけじゃないと思う。」


 


「……。」


 


未来を変えたのは誰なのか。


 


まだ分からない。


 


でも。


 


未来は変わった。


 


それだけは確かだった。


 


その時。


 


きらり。


 


焼け跡の向こうで、神宝の欠片が一瞬だけ強く輝く。


 


「……!」


 


コハクが目を見開く。


 


「今……。」


 


ユウトも振り返る。


 


「光った?」


 


「うむ。」


 


ルゥが頷く。

 


「見えた。」


 


けれど。


 


欠片は何事もなかったように静かに佇んでいた。


 


月の光を受けながら。


 


まるで、誰かを見つめるように。


 


「……。」


 


しばらく全員が欠片を見つめるが、それ以上の変化はない。


 


「結局、何だったんだろ。」


 


ユウトが首を傾げた。


 


「分からぬ。」


 


ルゥも腕を組む。


 


「じゃが、欠片が穢れを生み出しておる可能性は高い。」


 


その言葉に。


 


ニャオミーが、はっと顔を上げた。


 


「……あ。」


 


「ん?」


 


「それなら。」


 


猫耳がぴくりと動く。


 


「私の国も、そうかもしれない。」


 


全員がニャオミーを見る。


 


「私の国、前に襲撃されたでしょ?」


 


「ああ。」


 


ユウトが頷く。


 


猫又王国を襲った獣達。


 


あの事件だ。


 


「もし近くに欠片があるなら。」


 


ニャオミーが、ぎゅっと拳を握る。


 


「また何か起きるかもしれない。」


 


その声は少しだけ震えていた。


 


「私の国、探したい。」


 


「欠片があるなら探し出さなきゃ。」


 


ルゥが、ふっと笑った。


 


「決まりじゃな。」


 


「次の目的地は。」


 


金色の瞳が、ニャオミーへ向く。


 


「猫又王国じゃ。」

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