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第八十二章 変えたい未来、変えられない自分

どぉぉぉん――。


 


夜空へ、大輪の花火が咲く。


 


赤。


 


青。


 


金。


 


色とりどりの光が頭上いっぱいへ広がり、遅れて腹の奥まで震わせるような音が小さな神社へ降ってきた。


 


その明かりを受けて、古い鳥居や社の屋根が一瞬だけ白く浮かび上がる。


 


けれど。


 


「……。」


 


ユウトだけが、言葉を失っていた。


 


今。


 


コハクは、なんと言った。


 


死ぬ。


 


自分と。


 


コハクが。


 


「……え。」


 


ようやく、それだけが口から零れる。


 


コハクは、俯いたままだった。


 


白い髪がさらりと流れ、長い前髪が金色の瞳を隠している。


 


「見えたの。」


 


小さな声だった。


 


「花火が上がって……。」


 


「火が出て……。」


 


「誰かの悲鳴が聞こえて……。」


 


ゆっくりと。


 


言葉を選ぶように、途切れ途切れに話す。


 


「それで……。」


 


そこで、声が止まった。


 


耳へ添えた指先が、かすかに震えている。


 


「……私と、ユウトが倒れてた。」


 


どぉぉぉん――。


 


また花火が開く。


 


赤い光が鳥居を染め、遅れて金色の火花が夜空から降り注いだ。


 


「浴衣……赤くなってた。」


 


「……。」


 


「だから。」


 


コハクが、きゅっと唇を噛む。


 


「だから……みんなから離れたの。」


 


「……。」


 


「私がいなくなれば……未来が変わるかもしれないって思った。」


 


初夏の風が、二人の間を静かに吹き抜ける。


 


遠くからは花火を楽しむ妖たちの歓声が聞こえていた。


 


この場所だけが、祭りから取り残されたみたいに静かだった。


 


「……そんなので。」


 


ユウトが、小さく呟く。


 


「そんなので、一人になるのかよ。」


 


コハクは答えない。


 


頭上で、また花火が咲く。


 


青い光が白い髪へ降り、すぐに闇へ溶けていった。


 


「……だって。」


 


やがて。


 


かすれた声が、ぽつりと零れる。


 


「また……嫌われるもの。」


 


「……。」


 


「私が近くにいると……悪いことが起きる。」


 


「未来を話しても……気味悪がられる。」


 


「厄病神って……言われる。」


 


ぽたり。


 


膝へ、小さな雫が落ちた。


 


もう一つ。


 


透明な雫が、浴衣へ小さな染みを作る。


コハクは俯いたまま、ぎゅっと浴衣の袖を握り締めた。


 


耳へ添えた手へ、また力が入る。


 


「みんなを巻き込みたくないから……。」



 


白い前髪が、さらりと頬へ落ちる。


 


「一人で、ここに来た。」


 


初夏の夜風が吹き抜け、社の横に立つ木々を静かに揺らした。


 


風に乗って、かすかに屋台の甘い匂いが届く。


 


さっきまで、みんなと歩いていた夏祭りの空気だった。


 


ユウトは、何も言えなかった。


 


死ぬ。


 


自分と。


 


コハクが。


 


さっきまで笑っていた。


 


屋台を回って。


 


くだらない話をして。


 


一緒に花火を見ようとしていた。


 


そんな夜の終わりにある言葉とは、とても思えなかった。


 


「……私の力。」


 


コハクが、小さく呟く。


 


「怖いって……思ったわよね。」


 


「……。」


 


「でもね。」


 


ゆっくりと目を伏せる。


 


長い睫毛が、かすかに震えていた。


 


「未来って……。」


 


「ほんとに、そうなっちゃうから……。」


 


どぉぉぉん――。


 


頭上へ、大輪の花火が咲く。


 


赤い光が鳥居を照らし、金色の火花が夜空から降り注ぐ。


 


その下で、コハクだけが一度も空を見上げない。


 


俯いたまま、小さく肩を縮こまらせていた。


 


「……いや。」


 


ユウトが、小さく口を開く。


 


コハクが、ぴくりと肩を震わせる。


 


一拍。


 


「変えなきゃダメじゃん!!」


 


「……!」


 


コハクが、はっと顔を上げる。


 


「変わらないのよ!」


 


思わず声が大きくなる。


 


金色の瞳が揺れる。


 


「私、何度も見てきた!」


 


「何度も……!」


 


「何をしても……!」


 


「だから厄病神って言われたの!」


 


「除け者にされたの!」


 


「私のことを好きな人なんていないの!!!」


 


息が乱れる。


 


肩が上下し、金色の瞳へ涙が滲んでいく。


 


「未来は……!」


 


そこで、言葉が止まる。


 


「そんな終わり方でいいのかよ!?」


 


「……っ。」


 


「それが……。」


 


ユウトが、真っ直ぐコハクを見る。


 


「それが、本当にコハクの気持ちなのか!?」


 


花火の光が、涙で滲んだ金色の瞳を揺らした。


 


答えられない。


 


唇だけが、小さく震える。


 


その時だった。


 


どぉぉぉん――!!


 


今までで一番大きな花火が、夜空へ咲いた。


 


遅れて。


 


めき……。


 


「……?」


 


ユウトが顔を上げる。


 


小さな社が、かすかに軋んでいた。


 


屋根へ落ちた火の粉。


 


長い年月を耐えてきた柱。


 


何度も続く花火の振動。


 


嫌な音が、静かな夜へ響く。


 


めき……っ。


 


柱が、ゆっくり傾いた。


 


「コハク!!」


 


ごうっ。


 


熱を帯びた風が吹き抜ける。


 


火の粉が舞う。


 


煙が流れる。


 


赤い光が、夜へ滲む。


 


「……っ。」


 


コハクの顔から、すっと血の気が引いた。


 


見た。


 


この景色を。


 


未来で。


 


「やっぱり……。」


 


かすれた声が漏れる。


 


「やっぱり……!」


 


「逃げるぞ!」


 


ユウトが咄嗟に手を伸ばす。


 


「……無理よ!」


 


「無理じゃない!」


 


「無理なの!!」


 


ぽろり、と涙が零れた。


 


「……私。」


 


しゃくり、と息を吸う。


 


「ほんとは……。」


 


声が震える。


 


「みんなと……遊びたかった……。」


 


「……。」


 


「屋台で、ご飯買って……。」


 


「みんなで……花火が見たかった……。」


 


涙が、ぽたり、と浴衣へ落ちる。


 


「ずっと……。」


 


「友達が……欲しかった……!!!」


 


肩が、小さく震えていた。


 


「でも……。」


 


ゆっくりと顔を上げる。


 


涙で滲んだ金色の瞳が、真っ直ぐユウトを見る。


 


「無理だったの……。」


 


「……。」


 


「ユウト……。」


 


声が、掠れる。


 


「逃げて……。」


 


「……嫌だ。」


 


「……え。」


 


ユウトが、一歩前へ出る。


 


足元へ、花火の赤い光が落ちる。


 


そして。


 


「コハクの未来を。」


 


真っ直ぐ、揺れる金色の瞳を見つめた。


 


「俺は、変えるよ。」


 


「……っ!!」


 


「初めて白霧山に水晶を取りに行った時も、そうだったよな?」


 


「あの時だって。」


 


「俺は、未来を変えた。」


 


「……っ!!!!」


 


コハクが、目を見開く。


 


「だから。」


 


夜空へ、また大輪の花火が咲いた。


 


赤。


 


青。


 


金。


 


色とりどりの光が、二人を包み込む。


 


その中で。


 


ユウトが、ゆっくりと右手を差し出した。


 


「今度は。」


 


差し出した手が、静かな夜へ真っ直ぐ伸びる。


 


「俺の未来を、コハクが変えてくれ。」

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