第八十一章 夜空に咲く花
「コハクー!」
「こはくー!」
遠くから、ニャオミーとたぬぷぅの声が聞こえる。
ユウトも、人混みの中を走っていた。
屋台の裏。
神社の境内。
少し外れた路地まで探したが、どこにもいない。
「どこ行ったんだよ……。」
その時だった。
ふと。
木々の向こうに、小さな石段が見えた。
こんな場所、さっき通っただろうか。
石段の先には、古い鳥居が立っている。
山裏へ続く、小さな神社だった。
「……。」
なんとなく。
足が止まる。
胸の奥で、またあの違和感がざわりと動いた。
ユウトは、石段を上った。
一段。
また一段。
木々の隙間から、月明かりが差し込む。
そして――。
「……コハク。」
いた。
古い鳥居の向こう。
誰もいない小さな社の前で、コハクが一人、膝を抱えて座り込んでいた。
耳へ添えた指へ、ぎゅっと力が入っている。
「どうしたんだよ。」
返事はない。
その時だった。
どぉぉぉん――!!
頭上へ。
夜空いっぱいに、金色の花火が咲いた。
「うわ、デカ……。」
思わず声が漏れる。
近い。
近すぎる。
まるで夜空そのものが光ったみたいだった。
花火は、見上げても全部が視界へ入りきらない。
光の粒が、ぱらぱらと夜空から降り注ぐ。
その下で。
コハクだけが、小さくうずくまっていた。
花火を見上げようともしない。
「……ここが。」
ユウトが空を見上げる。
「コハクが言ってた、穴場?」
しばらく沈黙。
やがて。
コハクが、瞳だけちらりとこちらを見る。
そして、また俯いた。
相変わらず、両手は耳へ添えたままだった。
「……ほんとは。」
小さな声だった。
「みんなを……連れてきたかった。」
「……。」
「……じゃあ、なんで一人でこんなところにいるんだよ。」
ユウトが、隣へ腰を下ろす。
「みんな、コハクを探してる。」
どぉぉぉん――!!
頭上で、大きな花火が開いた。
腹の奥まで震えるような音が、小さな神社へ響く。
その瞬間。
コハクが、ぎゅっと目を閉じた。
「……ユウト。」
「ん?」
「……私ね。」
小さく。
本当に小さく。
「本当は……今日が嫌い。」
その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
✧ ✧ ✧
「まったく、どこをほっつき歩いておるんじゃ!」
ルゥが、きょろきょろと辺りを見回す。
頭上では、大きな花火が次々と咲いていた。
どぉぉぉん――!!
腹へ響くような音が、夜空へ広がる。
「花火が始まってしまったぞ!!」
その時。
「ルゥー!!!」
奥の方から、ニャオミーとたぬぷぅが駆けてきた。
「コハクいた!?」
「いや、屋台通りにはおらん!」
ルゥが、ぶんぶんと首を振る。
「多分、もっと別の場所じゃ!」
「うーん……。」
ニャオミーが、眉を寄せる。
花火の光が、一瞬だけ夜道を明るく照らす。
「あ。」
ニャオミーが、小さく声を漏らした。
「そういえば……。」
「コハク、花火を見る穴場があるって言ってなかったっけ?」
「……!」
ルゥが、ぱちりと目を見開く。
✧ ✧ ✧
「……え?」
ユウトが、思わず聞き返した。
コハクは、膝へ顔を埋めたまま、小さく呟く。
「花火の音が、怖いの。」
どぉぉぉん――。
頭上へ、大きな花火が咲く。
その度に。
コハクの肩が、小さく震えた。
「……。」
「昔も……お婆ちゃんと、二人で見てた。」
「みんな、友達同士でお祭りへ行くの。」
「私だけ……行けなかった。」
次々に打ち上がる色とりどりの花火の下。
コハクの声だけが、静かに続く。
「厄病神って、言われてたから。」
「……。」
「暗い未来なんて……みんな聞きたくないでしょ。」
「だから、話さなくなった。」
「何も言わなければ……嫌われないもの。」
ユウトは、黙って聞いていた。
しばらくして。
「……なんで、最初に言わなかったんだよ。」
コハクが、小さく目を伏せる。
「だって……。」
「怖い未来を話したら……嫌われる。」
「どう受け取るかなんて……その人次第だもの。」
しん、と静まり返る。
木々が、さわりと揺れた。
「でも。」
ユウトが、ゆっくり口を開く。
「コハクは、守ろうとしたんだろ。」
「怖がらせたかったわけじゃない。」
「……そうだけど。」
「それは私の話。」
「……。」
「相手は、そう思わないかもしれない。」
再び沈黙が落ちる。
ユウトが、小さく息を吐いた。
「コハク。」
「……なに。」
「コハクは自分の気持ち……閉じ込めすぎだよ。」
大きく花火が打ち上がった。
二人の会話を遮るように、けたたましい音が夜空へ響き渡る。
弾ける光が、古い鳥居を一瞬だけ照らした。
やがて。
コハクが、ゆっくり顔を上げる。
金色の瞳が、かすかに揺れていた。
「……じゃあ。」
小さな声だった。
「……これから私が。」
「怖い未来を話しても。」
「ユウトは……私を嫌いにならない?」
迷子みたいな顔だった。
ユウトは、一度も迷わなかった。
「……ならない。」
即答だった。
「……。」
コハクが、息を止める。
「……私。」
声が、震える。
「今日……。」
唇が、小さく震えた。
「私と、ユウトが……。」
「死ぬ未来を見たの。」
どぉぉぉん――。
夜空へ、大輪の花火が咲く。
遠くから、
「わあぁっ……!」
歓声が上がった。
けれど。
小さな神社だけが、しんと静まり返っていた。




