第七十七章 また会う日まで
「……え。」
「…………。」
「……あの子。」
「今、この世界にいるんだ!?」
そらぴすが、目を丸くする。
さっきまで、ご飯の話をしていた時とは違う。
本気で驚いている顔だった。
「分からない。」
ユウトが、苦笑する。
「でも。」
「きっと、どこかにいると思う。」
「だから、探したい。」
静かな声だった。
また窓の外では、りぃんと風鈴が鳴る。
そらぴすは、しばらく何も言わなかった。
長い睫毛が、ぱちり、と一度だけ揺れる。
それから。
ゆっくりと、夜空を見る。
障子の隙間から覗く空には、小さな星がいくつも瞬いていた。
「……そっか。」
ぽつり。
小さく呟く。
そしてふっと、急に笑った。
「じゃ!」
にっ。いつもの笑顔だ。
「お互い頑張ろ!」
「…うち、旅人好きなんだよね。」
「旅人?」
ニャオミーが、首を傾げる。
「うん。」
そらぴすが、窓の外を見つめる。
九尾の里の夜は静かで、遠くの提灯が、ほわり、ほわりと橙色の光を揺らしている。
「みんな、それぞれ行きたい場所があって。」
「やりたいことがあって。」
「探してるものも、全然違う。」
ふっと、笑う。
「それなのに。」
「たまに、道が交わる。」
静かな声だった。
「なんか、それって。」
少し考える。
それから。
「いいじゃん。」
「……。」
ユウトが、目を瞬かせる。
「だから。」
そらぴすが、みんなを見る。
「また、きっとどこかで会えるよ。」
ユウトが、ふっと笑った。
「……うん。」
「また、どこかで。」
「うむ。」
ルゥも、小さく頷く。
「……またね。」
コハクが、柔らかく笑った。
「……。」
たぬぷぅだけが。
じぃ……っとそらぴすを見ていた。
「……?」
そらぴすが、首を傾げる。
すると。
ててて、と、たぬぷぅが近づいていく。
そして。
きゅ。
そらぴすの服を掴んだ。
「……どうした?」
「…………また、ごはん。」
しん。
そらぴす。
「……!」
ぱぁぁぁっ。
顔が、一気に輝いた。
「作るーーーっ!!」
がしっ。
両手を掴む。
「約束!!」
「……やくそく。」
こくりとたぬぷぅが頷く。
「……!」
そらぴすが、嬉しそうに笑った。
その顔は。
本当に、子どもみたいだった。
窓の外では、夜風に揺られた風鈴が、また小さく音を鳴らす。
りぃん。
旅人と旅人。
ほんの少しだけ。
同じ道を歩いた夜だった。
✧ ✧ ✧
それから。
お風呂へ入って、布団を並べて。
他愛もない話をしながら。
夜は、ゆっくりと更けていった。
「へぇー。人間界って、空飛ぶ鉄の箱あるんだ。」
「飛行機な。」
「すご。」
「……おだんご、たべたい。」
「まだ食べるの!?」
そんな声が、しばらく部屋へ響く。
やがて。
一人、また一人と、眠りについていく。
静かな寝息。
窓から差し込む月明かり。
九尾の里の夜は、どこまでも穏やかだった。
✧ ✧ ✧
翌朝。
九尾の里は、澄んだ青空に包まれていた。
山から吹く風が、木々を揺らし、鳥たちのさえずりが朝の空気へ溶けていく。
玄関先でそらぴすが、大きな籠を背負い直した。
「よしっ!」
「じゃ、うち行くねー!」
全員。
「……。」
「反応うす!」
ニャオミーが、思わず吹き出した。
「いや、もっとこう……。」
「しんみりするかと思って。」
「えぇ?」
そらぴすが、きょとんとする。
「また会うじゃん。」
即答だった。
なんだろう。すごく。この子らしかった。
「じゃーねー!」
大きく手を振りながら、坂道を下っていく。
白いサイドポニーが、朝日に照らされてきらきら揺れる。
そしてくるっと振り返る。
「またねーーー!!」
「「「「またねー!!」」」」
ぴょん。
軽い足取りで、今度こそ行ってしまった。
すると。
「コハクさーーーん!!」
元気な声が、坂の下から響いた。
全員が振り向く。
石畳の道を、猫耳の女性がぱたぱたと駆け上がってくる。
九尾の里のギルドのお姉さんだ。
「はぁ……はぁ……!」
「よかった!まだいらっしゃいました!」
「お姉さん。」
コハクが、小さく首を傾げる。
お姉さんは、にこーっと満面の笑みを浮かべた。
「明日から2日間は!」
びしっ。
空へ向かって指を立てる。
「九尾の里の一大イベント!」
「お月見祭りですよっ!!」
全員。
「おぉ……!」
「お月見祭り?」
ユウトが、きょとんとする。
「うん!」
お姉さんが、にこりと笑った。
「九尾の里では、初夏に最初の満月を眺める『お月見祭り』があるんです!」
「へぇ……。」
「この時期の月は、一年でいちばん綺麗って言われてるんですよー!」
「だから、みんなで月を見て、美味しいものを食べて、花火を楽しむんです!」
「なんか……いいな。」
ユウトが、思わず笑う。
「もちろん!」
にっ。
「来ますよね!?」
ニャオミー。
「お祭り!?」
ぱぁぁぁっ。
「行く行くーーーっ!!」
たぬぷぅ。
「……やたい。」
耳ぴこん。
「……おだんご。」
「そこ!?」
ユウトが思わずツッコむ。
すると。
「祭り……。」
ぽつり。
ルゥが、小さく呟いた。
「……?」
ユウトが見る。
ルゥの金色の瞳が。
きらっと輝いていた。
「花火……。」
「屋台……。」
「……!」
「祭りじゃ……!」
ルゥはぱぁぁぁっと、顔が一気に明るくなる。
「よいな!!」
「祭りとは、よいものじゃ!!」
「りんご飴!」
「焼きとうもろこし!」
「綿飴!」
「金魚すくい!!」
「知ってるの!?」
ユウトが思わず叫ぶ。
「当たり前じゃ!」
胸を張る。
「昔、人間界の祭りへ何度か行ったことがある!」
「めちゃくちゃ満喫してる!」
「しかも綿飴はな!」
「でかい!!」
両手を、ばっ、と広げる。
「雲みたいなのじゃ!」
「知ってるよ!」
「あと、りんご飴!」
「ぴかぴかしておる!」
「うん!」
「あと、金魚すくい!」
「全然取れん!!」
「経験済みなんだ!?」
ルゥ。
「…………。」
ふいっ。
目を逸らす。
「……三十回やった。」
「そんなに!?」
ニャオミーが吹き出す。
「めっちゃ好きじゃん!」
「う、うるさい!」
少し頬を赤くする。
「祭りとは、特別なものなのじゃ!」
ユウトが、思わず笑う。
最強の龍神。
なのに。
今だけはただのお祭り好きな子どもだった。
お姉さんが、嬉しそうに尻尾を揺らす。
「屋台もいっぱい出ますし!」
「花火も上がりますよー!」
「花火!?」
ニャオミーの目が、さらに輝く。
「花火、見たーーーい!!」
「俺も、祭りなんて久しぶりだな。」
ユウトも、思わず笑う。
朝の九尾の里は、どこか浮き足立っていた。
赤い提灯が少しずつ飾られ始め、通りでは屋台の準備をする妖たちが忙しそうに行き来している。
遠くからは、太鼓の音まで聞こえてきた。
まるで。
里全体が、明日を楽しみにしているみたいだった。
その時だった。
ふと。
ユウトは気づく。
隣にいるコハクだけが、何も言っていなかった。
「……コハク?」
声をかける。
コハクはじっと遠くの空を見ていた。
銀色の髪が、さらりと揺れた。
「……。」
その横顔には。
さっきまでの、柔らかな笑顔がなかった。
どこか、少しだけ怯えているように見えた。
「……コハク?」
もう一度、名前を呼ぶ。
はっとコハクが振り返った。
「……え?」
「どうしたんだ?」
「……ううん。」
ふわりといつものように笑う。
「なんでもないわ。」
だけど、その笑顔は…
どこか、少しだけ硬かった。




