第六章 前編 初クエスト【白霧山で水晶石を採取せよ!】
翌朝。
コハクの占い屋から出てきたユウトは、思わず目を疑った。
「……いや待って」
目の前。
そこには、完全武装したコハクが立っていた。
濃紺の和装の上から軽装の鎧を着込み、腰には太めの剣。
左腕には丸盾。
昨日までの“占い屋のお姉さん”感は消え、完全に戦闘職だった。
朝日を受けた白銀の尾が、静かに揺れている。
普通にかっこいい。
かなり。
対して。
ユウト。
生身。
たぬぷぅ。
生身+コハクが作ったおにぎり。
ルゥ。
なぜか偉そう。
「……なんで俺たち武器ないの?」
「我は龍神じゃからな」
ルゥがふんっと胸を張る。
「魔法が使える」
「一昨日、山火事起こしてたよな?」
「事故じゃ!」
「火力が災害級なんだよ!」
ぷんすか怒るルゥ。
その横では、たぬぷぅはコハクが準備したおにぎりを食べていた。
緊張感がない。
するとコハクが、呆れたように振り返る。
「……本当に初心者なのね」
「いや、“初心者向け依頼”って聞いたし?」
「初心者向けって、“弱い敵しか出ない”って意味よ」
「敵出るの!?」
ユウトが叫ぶ。
コハクは逆に驚いた顔をした。
「街の外なんだから当然でしょ」
「聞いてないんだけど!?」
「普通は知ってるから」
「異世界初心者に常識求めないで!?」
ルゥがやれやれと言いたげに肩を竦めた。
「情けないのう」
「お前も昨日まで野宿しかけてただろ!」
「我は龍神じゃぞ」
「万能ワードみたいに使うな!」
コハクは小さくため息を吐く。
「……やっぱり事故率高い」
「だからその言い方やめろって!」
そんな騒がしいやり取りをしながら、一行は白霧山へ入っていった。
山へ足を踏み入れた瞬間。
空気が変わる。
ひやり、と冷たい。
白い霧が木々の間をゆっくり漂い、視界を曖昧に覆っていく。
「うわ……」
ユウトは思わず周囲を見回した。
数メートル先すらよく見えない。
木々の輪郭がぼやけ、道まで曖昧になっている。
「白霧山、って名前そのまんまだな……」
「迷いやすい山として有名じゃ」
ルゥが霧を見上げながら言う。
「霧に紛れて妖魔も寄ってくるしの」
「怖いことさらっと言うなよ……」
その時だった。
ぴたり。
先頭を歩いていたコハクが足を止めた。
「……来る」
「え?」
ガサッ!!
霧の奥から、黒い影が飛び出してくる。
裂けた口。
赤い目。
獣のような妖魔だった。
「うわぁっ!?」
ユウトが慌てて後ろへ下がる。
だが。
ヒュンッ。
一瞬だけ、銀色の軌跡が走った。
次の瞬間。
妖魔は地面へ倒れていた。
「……え」
ユウトが固まる。
コハクは血を払うように剣を振ると、そのまま静かに鞘へ戻した。
「はい終了」
「強っ!?」
「九尾を舐めるでない」
ルゥがなぜか誇らしげに言う。
「いやお前が倒したわけじゃないだろ!?」
「同じ美少女枠として鼻が高いのじゃ」
「自分で言うな!」
たぬぷぅだけは、倒れた妖魔をじーっと見ていた。
「……ねむそう」
「そこ?」
コハクは少しだけ吹き出す。
ほんの一瞬だけ、昨日より空気が柔らかかった。
そのあとも、何度か妖魔は現れた。
木々の間を跳ぶ小型妖魔。
地面を這う影。
霧に紛れて近づく獣型。
そのたびに。
コハクが斬り。
ルゥが燃やし。
ユウトが逃げ回った。
「待って!? 俺だけ戦力ゼロなんだけど!?」
「頑張れ」
「雑!!」
「異界渡りには特殊能力とかないのか?」
「知らねぇよ!」
「役立たずじゃのう」
「お前ら厳しくない!?」
ぎゃーぎゃー騒ぎながら進むうち。
やがて。
霧の奥に、青白い光が見えてきた。
「あれ……」
白い岩壁一帯に、無数の水晶石が埋まっている。
淡い光が霧へ反射し、幻想的に輝いていた。
まるで星空みたいだった。
「うわぁ……」
ユウトは思わず息を呑む。
綺麗だ。
異世界に来てから初めて、“怖さ”じゃない感動を覚えた気がした。
「ここが採取場所よ」
コハクが周囲を警戒しながら言う。
「必要数だけ取ったらすぐ戻る」
「これ取れば終わりかぁ……」
ユウトがほっと息を吐く。
たぬぷぅは早速、水晶へ近づいていた。
「……きれい」
小さな手が、光る水晶へ伸びる。
その時だった。
「……ねぇ」
コハクが、ぽつりと呟いた。
その声は妙に低かった。
ユウトが振り返る。
コハクは霧の奥をじっと見つめていた。
金色の瞳が鋭く細められている。
「静かすぎる」
「え?」
次の瞬間。
ズゥン――……。
山全体が震えた。
霧の奥。
巨大な“何か”が、ゆっくり目を開いた。




