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第五章 後編 九尾は今日も冷たい

「その編成、事故率高そうね」


静かな女の声が、背後から聞こえた。


ユウトが振り返った瞬間、組合の空気がわずかに静まり返る。


そこに立っていたのは、一人の女だった。


二十代前半くらいだろうか。


腰まで届く淡い金髪。


頭の上には白い狐耳。


背後では、ふわりと白銀の尾がゆっくり揺れている。


夜色を溶かしたみたいな濃紺の和装は肩口が大きく開いていて、細い首筋と白い肌がやけに目を引いた。


切れ長の金色の瞳は冷たく、感情を簡単には見せない。


美人だ。


かなり。


でも同時に、近寄りがたい。


その場の空気が自然と道を空けてしまうような、不思議な圧があった。


「うわ、九尾だ……」


近くの組合員が、小さく呟く。


ユウトは思わず目を丸くした。


「九尾?」


女はユウトたちを見つめながら、淡々と言った。


「龍神に、異界渡りに、化けたぬき」


一拍置いて。


「事故らない方がおかしいでしょ」


「なんじゃその言い方は!」


即座にルゥが噛みついた。


ばしっと指を突きつける。


「我らを問題児みたいに言うでない!」


「違うの?」


「違うのじゃ!」


九尾は小さくため息を吐くと、依頼書をひらりと見た。


「白霧山の水晶石採取?」


「そうじゃ!」


ルゥが腕を組む。


「初心者向け依頼らしいからの!」


「……初心者向けね」


九尾は妙に含みのある言い方をした。


その金色の瞳が、ほんの一瞬だけ細くなる。


「まぁ、いいけど」


「何がじゃ」


「私も行く。どうせその依頼書、うちから出てるものだし」


「は?」


ユウトが固まる。


ルゥは即座に眉を吊り上げた。


「なんでおぬしが同行するのじゃ!」


「事故率高そうだから」


「その言い方やめい!」


組合の空気が少しざわつく。


しかし九尾は気にした様子もなく、受付で勝手に同行申請を始めていた。


「ちょ、ちょっと待てって!」


「嫌なら別にいいけど」


さらりと言う。


「その代わり、明日誰か怪我しても知らない」


「縁起でもないこと言うでない!」


ルゥがぶち切れている。


だが九尾はまるで気にしていなかった。


「……コハク」


「え?」


「名前」


九尾――コハクは、それだけ言った。


「好きに呼べば」


素っ気ない。


感じ悪い。


でも不思議と、完全に嫌なやつには見えなかった。


むしろ。


彼女はなぜかずっと、たぬぷぅのことを見ていた。


     ◇


その後。


宿を探しに行ったユウトは、現実の厳しさを知ることになる。


「……高っ!?」


「本日満室です」


「こっちも!?」


「二部屋でこの値段になりますねぇ」


財布を見る。


残金。


かなり危険。


というか、ほぼ団子で消えた。


「お前のせいだからな!?」


「……ごめん」


たぬぷぅは無表情のまま謝った。


でも反省してるかは分からない。


ルゥも気まずそうに目を逸らしている。


「……団子、美味かったのう」


「お前も共犯だよ!!」


そんな三人を、少し離れた場所からコハクが見ていた。


やがて、小さくため息を吐く。


「……泊まる場所、ないんでしょ。いいわよ。私の家に余ってる部屋があるから来たら。」


「いや、まぁ……」


「別に野宿したいなら止めないけど」


夜の山は危険だ。


今日だけでもそれは嫌というほど分かっている。


ユウトが返事に困っていると。


「……おじゃまします」


たぬぷぅが先に頭を下げた。


「判断早っ!?」


「このたぬき、適応力高いのう……」


コハクは少しだけ目を丸くしたあと、小さく吹き出した。


「……変なの」


     ◇


コハクの家は、町外れにある小さな占い屋だった。


赤い提灯。


古びた木の看板。


軒先には風鈴が吊るされていて、夜風に揺れている。


店の中には大量のお札や香木、水晶玉が並んでいた。


「うわ……本格的」


「占い屋だから」


コハクは靴を脱ぎながら答える。


ルゥはじろじろ店内を見回していた。


「狐のくせに随分まともな家じゃな」


「龍神よりは常識あるから」


「なんじゃと!?」


また喧嘩が始まりそうになる。


しかしその時。


ぐらり。


たぬぷぅの身体が小さく揺れた。


「……!」


コハクが真っ先に動く。


倒れそうになったたぬぷぅを、自然に支えた。


「……眠いだけ」


「分かってる」


その声は、さっきまでより少しだけ柔らかかった。


「今日はもう寝なさい」


たぬぷぅはこくりと頷く。


その様子を見ながら、ユウトは小さく首を傾げた。


(……なんか、この人)


冷たいようで。


妙に面倒見がいい。


     ◇


深夜。


全員が寝静まったあと。


静かな占い屋の奥で、コハクだけが起きていた。


月明かりが、水晶玉を淡く照らしている。


コハクは静かにその前へ座っていた。


昼間の冷たい表情はない。


その金色の瞳には、隠しきれない不安が滲んでいた。


やがて。


水晶玉の中へ、映像が浮かび上がる。


白霧山。


崩れる足場。


鋭い妖魔の爪。


そして――。


傷つき、血を流すたぬぷぅの姿。


「……っ」


コハクの指先が小さく震える。


彼女は苦しそうに目を伏せた。


「……外れてよ」


ぽつり、と。


誰にも聞こえない小さな声が、静かな部屋へ溶けていった。

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