第七十三章 神宝を割った理由
白かった。
どこまでも、どこまでも。
辺り一面、真っ白な光に包まれている。
風だけが、静かに吹いていた。
「……。」
「……。」
「……。」
全員が、ゆっくりと目を開ける。
そして。
「……あ。」
ニャオミーが、小さく声を漏らした。
目の前には。
巨大な白い樹が立っていた。
山よりも大きい。
真っ白な幹が、空へ向かって真っすぐ伸びている。
銀色の葉が風に揺れ、その度に、しゃら……しゃら……と鈴のような音が響いていた。
木漏れ日が、きらきらと地面へ降り注ぐ。
暖かな風だった。
どこか懐かしい。
草花の匂いがする。
そして。
樹の下では。
妖たちが、思い思いに過ごしていた。
狐耳の子どもたちが走り回り。
河童が川で魚を追いかけ。
鬼たちが、大きな杯を囲んで笑い合っている。
空では、何匹もの龍が悠々と飛んでいた。
誰も怯えていない。
誰も争っていない。
みんな笑っていた。
その時。
とことこと。
小さな足音が聞こえた。
全員が振り返る。
白い着物。
白い髪。
小さな少女が、樹の下へ歩いてくる。
「……!」
ユウトが息を呑む。
あの子だ。
夢で見た。
何度も声を聞いた、白い少女。
少女が、ゆっくりと腰を下ろす。
すると。
「あっ!」
一人の子どもが駆け寄った。
狐耳の、小さな男の子だった。
『神さまー!』
『それ、なぁに?』
男の子が指差す。
少女の膝の上。
そこには。
淡く光る、一つの球があった。
「……。」
「……。」
全員が、じっと見る。
少女が、にこりと笑った。
『これはね。』
『神宝。』
『神の力を司る球なんだよ。』
『神の……力?』
『うん。』
少女が、球を優しく撫でる。
すると。
ふわり。
暖かな光が溢れた。
夕日のような。
春の日差しのような。
優しい光だった。
『この中にはね。』
『たくさんの力が眠っているの。』
『命を育む力。』
『自然を愛する力。』
『誰かを守りたいと思う力。』
『人を癒したいと思う力。』
『世界を、もっと素敵にしたいと思う優しい願い。』
子どもたちが、目を輝かせる。
『すごーい!』
『うん。』
少女が、嬉しそうに頷いた。
『だからね。』
『神宝に認められた人は、加護を受けることができるんだよ。』
『かご?』
『その人が、もともと持っている素敵なところを。』
『もっともっと、伸ばしてくれる力。』
『花を育てるのが好きな子なら、もっとたくさんの花を咲かせられる。』
『誰かを助けるのが好きな子なら、もっとたくさんの命を救える。』
『優しい子は、もっと優しくなれる。』
『大切なものを守りたい子は、もっと強くなれる。』
全員。
「……。」
たぬぷぅ。
「……せいめい。」
ぽつり。
自分の胸元を見る。
すると。
隣で。
そらぴすも、静かに呟いた。
「……ほうじょう。」
少女の声が、続く。
『加護はね。』
『その人の、大好きなものを、もっと輝かせてくれるんだよ。』
暖かな声だった。
だけど。
次の瞬間。
少女の表情が、少しだけ曇った。
『……だけどね。』
風が止まる。
『ダメなの。』
全員。
「……。」
少女が。
悲しそうに、神宝を抱きしめた。
『欲望が……世界を滅ぼす。』
『よくぼう?』
『うん。』
少女が、空を見上げる。
その横顔は。
今にも泣き出しそうだった。
『もっと欲しい。』
『もっと強くなりたい。』
『もっと自分だけが幸せになりたい。』
『その気持ちはね。』
『どんどん大きくなって……。』
『やがて、誰かを傷つけてしまうの。』
静かな声だった。
『神宝の力は、とても大きい。』
『だから。』
少女が。
球を、ぎゅっと抱きしめる。
『このままでは。』
『いつか……誰かが、神宝を欲しがってしまう。』
『世界を壊してしまうくらいに。』
世界が、静まり返る。
子どもたちも。
何も言えず、少女を見つめていた。
少女が、小さく息を吸う。
そして。
決意するように、目を閉じた。
『だから。』
『神宝を、砕かなければならない。』
全員。
「……!」
『この世界の、平和のために。』
今にも消えそうな声だった。
そして。
少女が。
神宝へ、そっと手を伸ばす。
『ごめんね……。』
『お願い。』
『みんなを……守って。』
ぱりん。
小さな音がした――。




