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第七十二章 九尾の里の屋台通り

山道を抜けると。


 


視界が、ふっと開けた。


 


山の斜面へ沿うように、たくさんの家が並んでいる。


 


朱色の鳥居。


 


黒い瓦屋根。


 


窓辺へ吊るされた、小さな提灯。


 


夕暮れに染まる空の下、ぽつり、ぽつりと灯り始めた明かりが、まるで地上へ降りた星みたいに瞬いていた。


 


細い煙が、あちこちの屋根からゆっくりと立ち上っている。


 


きっと、夕飯を作っているのだろう。


 


どこか懐かしい匂いが、風に乗って流れてきた。


 


「……わぁ。」


 


そらぴすが、目を丸くする。


 


水色の瞳へ、里の灯りが映り込んでいた。


 


「なにここ……。」


 


「かわい……。」


 


そのまま。


 


きょろ。


 


きょろきょろ。


 


あっちを見て。


 


こっちを見て。


 


また、あっちを見る。


 


完全に落ち着きがない。


 


ユウトが、思わず笑った。


 


「そんなに珍しい?」


 


「珍しいよ!」


 


即答だった。


 


「うち、こういう大きな里、あんまり来ないし!」


 


「へぇ。」


 


「あの提灯、かわいい……。」


 


「あっ、あっちのお店、なんか干してる!」


 


「うわぁ……。」


 


完全に観光客だった。


 


ニャオミーが、くすりと笑う。


 


「ぴすちゃん、めっちゃ楽しそう。」


 


「楽しい。」


 


真顔で頷く。


 


「住みたい。」


 


「まだ来て五分だよ!?」


 


そんな話をしながら、里の中へ足を踏み入れる。


 


石畳の道には、狐耳や尻尾を持つ妖たちが行き交っていた。


 


子どもたちが走り回り。


 


店先では、お婆さんが野菜を並べている。


 


どこからか、三味線の音まで聞こえてきた。


 


とても穏やかな景色だった。


 


その時。


 


ぴたっ。


 


そらぴすが止まる。


 


「……。」


 


くん。


 


くんくん。


 


「……いい匂い。」


 


「ん?」


 


コハクが振り返る。


 


「じゃ、私の家はこっち……。」


 


「まってーーー!!」


 


全員。


 


「!?」


 


そらぴすが、ばっと顔を上げる。


 


「ちょっとだけ!」


 


「いい匂いする!」


 


「ご飯!?」


 


「屋台通りみたいなとこある!?」


 


「行きたい!!」


 


「行ってもいい!?」


 


前のめりだった。


 


ユウト。


 


「目がすごい。」


 


ニャオミー。


 


「またご飯モード入った……。」


 


ルゥ。


 


「本当に食への執念がすごいのう……。」


 


すると。


 


ててて。


 


たぬぷぅが、そらぴすの隣へ来た。


 


くん。


 


くんくん。


 


「……ごはん。」


 


耳が、ぴこん、と立つ。


 


「同志!!」


 


がしっ。


 


「……どうし。」


 


「この匂い、分かる人!」


 


「……いいにおい。」


 


「分かるーーーっ!!」


 


意気投合していた。


 


コハクが、くすりと笑う。


 


「……ふふ。」


 


「別に構わないわよ。」


 


「本当!?」


 


ぱぁぁ。


 


顔が輝く。


 


「やったぁ!!」


 


しばらく歩くと。


 


目の前が、ぱっと明るくなった。


 


提灯がずらりと並び、その下へ屋台が何軒も建っている。


 


じゅうう……。


 


ことこと……。


 


湯気が立ち上り。


 


甘い香り。


 


香ばしい匂い。


 


醤油が焼ける匂い。


 


いろんな香りが、夕暮れの空気へ溶け込んでいた。


 


「……。」


 


「……。」


 


「……。」


 


そらぴす。


 


「天国……?」


 


「屋台通りだよ。」


 


「最高……。」


 


すると。


 


ユウトが、ある屋台を指差した。


 


「あ。」


 


「あれ、妖蜜みたらし団子。」


 


「……!」


 


そらぴすの目が、かっと見開く。


 


「え。」


 


「もしかして。」


 


「名物の?」


 


「うん。」


 


「妖蜜みたらし団子?」


 


「そう。」


 


「……!」


 


ぱぁぁ。


 


「本当にあるーーー!!」


 


全員。


 


「そんなに?」


 


「噂聞いたことある!」


 


「甘くて美味しくて、九尾の里来たら絶対食べろって!」


 


「誰情報なんだよ……。」


 


「るいぴ。」


 


「誰!?」


 


すると。


 


ユウトが、ふっと笑う。


 


「あれ、うまいよな。」


 


そして。


 


隣を見る。


 


「あれ、たぬぷぅの主食だよな?」


 


「うん。」


 


こくり。


 


「……しゅしょく。」


 


「団子が主食なんだ……。」


 


そらぴすが、しみじみと呟く。


 


「うち、ここ好きかもしれない。」


 


「だからまだ来て十分くらいなんだって!」


 


笑い声が、夕暮れの空へ溶けていく。


 


そして。


 


しばらく屋台を見て回った後。


 


ようやく。


 


コハクが、小さく息を吐いた。


 


「……じゃあ。」


 


「今度こそ、私の家へ行きましょうか。」


 


「はーい。」


 


「……だんご。」


 


「あとでまた買ってあげるから。」


 


「……!」


 


耳が、ぴこん、と立った。


 


そんな他愛もない話をしながら。


 


彼らは、九尾の里の奥へと歩いていく。


 


やがて。


 


少し高い場所に建つ、一軒の家の前で足を止めた。


 


木の戸には、小さな狐の彫り物が飾られている。


 


窓からは、あたたかな橙色の灯りが漏れていた。


 


コハクが、そっと戸へ手をかける。


 


「……ただいま。」


 


からり。


 


戸が開く。


 


「おや。」


 


穏やかな声がした。


 


部屋の奥。


 


白い髪をひとつに結った、小柄なお婆さんがこちらを見ていた。


 


ふわりとした白い尻尾が、ゆっくりと揺れている。


 


「おかえり、コハク。」


 


「うん。」


 


コハクが、小さく笑う。


 


「ただいま、お婆ちゃん。」


 


お婆さんの視線が、ゆっくりと後ろへ向く。


 


ユウト。


 


ニャオミー。


 


そらぴす。


 


そして。


 


たぬぷぅで、ぴたりと止まった。


 


「……おや。」


 


目を細める。


 


「前より、ずいぶん強い気配があるねぇ。」


 


全員。


 


「……!」


 


ユウトが、一歩前へ出た。


 


「神宝を再生させたんだ。」


 


「たぬぷぅの中にある。」


 


「また、新しい情報が分かるかもしれない。」


 


そして。


 


「ばあちゃん。」


 


「また、お願いしてもいい?」


 


お婆さんは、ゆっくりと瞬きをした。


 


それから。


 


ふわりと微笑む。


 


「……そうかい。」


 


「なら。」


 


「見てみるかねぇ。」


 


「……!」


 


ユウトの表情が、少し明るくなる。


 


すると。


 


お婆さんは、今度はたぬぷぅへ目を向けた。


 


「ただねぇ。」


 


「私もだけど。」


 


「たぬぷぅも、体力を使うよ。」


 


「大丈夫かい?」


 


たぬぷぅ。


 


「……だいじょうぶ。」


 


こくり。


 


小さく頷く。


 


「……みる。」


 


「そうかい。」


 


お婆さんが、優しく目を細めた。


 


そして。


 


そっと手を差し出す。


 


「おいで。」


 


「……うん。」


 


ててて。


 


たぬぷぅが、小さな足音を立てて近づいていく。


 


お婆さんの前へ、ちょこんと座った。


 


部屋が、しんと静まる。


 


外では。


 


からん。


 


どこかの屋台から、鈴の音が聞こえた。


 


提灯の灯りが、ゆらりと揺れる。


 


お婆さんが、ゆっくりと目を閉じた。


 


その皺の刻まれた手が、そっとたぬぷぅの頭へ触れる。


 


ふわり。


 


空気が、変わった。


 


「……!」


 


ユウトが息を呑む。


 


淡い光が。


 


たぬぷぅの胸元から、じんわりと溢れ始める。


 


金色の粒が、蛍みたいに、ふわり、ふわりと宙へ浮かび上がった。


 


そして――


 


すぅ……。


 


部屋の景色が。


 


提灯の灯りが。


 


みんなの姿が。


 


白く。


 


白く。


 


ゆっくりと溶けていく。


 


まただ。


 


神宝の過去が――。

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