第七十一章 期間限定の同行者
翌朝。
森の中へ、やわらかな朝日が差し込んでいた。
木々の隙間から零れる光が、朝露を受けてきらきらと輝く。
鳥のさえずり。
葉を揺らす、涼しい風。
昨夜の静かな闇とは違う。
森が、ゆっくりと目を覚まし、
深く息を吸うだけで、胸の奥まで澄んでいくような朝だった。
「んー……。」
そらぴすが、大きく伸びをする。
朝日に照らされた白い髪が、ふわりと揺れた。
そして。
ぱっと顔を上げる。
「よしっ!」
「じゃ、行こっかー!」
そう言って。
背中の大きな籠を、ひょいっと担ぎ上げた。
全員。
「……。」
「……。」
「……。」
ニャオミー。
「軽っ!?」
「いつも背負ってるし。」
そらぴすは、けろりと言う。
そして。
すたすた。
慣れた足取りで、森の奥へ歩き出した。
木の根が複雑に張り巡らされた道を。
迷うことなく、ひょい、ひょい、と進んでいく。
「あ。」
全員。
「?」
ぴたっ。
止まった。
じぃ……。
地面を見つめている。
そのまま、しゃがみ込む。
草をかき分ける。
そして。
だっ。
突然。
森の奥へ駆け出した。
全員。
「「「「えっ!?」」」」
「ぴすちゃん!?」
ニャオミーが慌てて叫ぶ。
しばらくして。
がさがさ。
そらぴすが戻ってきた。
両手いっぱいに、淡い水色のきのこを抱えている。
傘の先が、朝露を受けてほんのり虹色に光っていた。
「採れたー!」
どやぁ。
「何してるの!?」
「朝虹茸。」
「朝虹茸?」
「朝しか生えない。」
真顔だった。
「そうなんだ!?」
「うん。」
「太陽が高くなると、しゅわって消える。」
「消えるの!?」
「消える。」
「なんで!?」
「知らない。」
「知らないんかい!」
再び。
歩き出す。
すたすた。
「あ。」
全員。
「また!?」
だっ。
今度は、草むらへ。
がさがさ。
ごそごそ。
そして。
「採れたー!」
今度は、細長い銀色の葉っぱだった。
葉脈が、朝日に当たってきらりと光る。
「……それ、何?」
コハクが尋ねる。
「月鈴菜。」
「へぇ……。」
「あとで天ぷら。」
「天ぷら……。」
じぃ……。
コハクが、葉っぱを見る。
朝露を受けた葉が、鈴みたいに小さく揺れていた。
「……。」
「……。」
「……採る?」
「採る。」
即答だった。
「よし!」
ぱっ。
そらぴすが笑う。
そして。
ててて。
たぬぷぅが近寄ってくる。
「……たぬぷぅも。」
「うん?」
「……とる。」
「いいよー。」
「……!」
耳が、ぴこん、と立った。
結果。
前。
そらぴす。
横。
コハク。
後ろ。
たぬぷぅ。
三人で、山菜採りをしていた。
「……。」
「……。」
「……。」
ユウトが、ぽつりと呟く。
「なんか……増えた。」
ルゥ。
「山菜採り一行じゃな。」
ニャオミー。
「本来の目的どこ行ったの!?」
すると。
「あ。」
そらぴすが、また立ち止まった。
「今度は何!?」
「星蜜の実。」
「分かるの!?」
「分かる。」
真顔だった。
数秒後。
「……あった。」
少し開けた場所だった。
頭上の枝が途切れ、そこだけ陽の光が丸く落ちている。
そこに。
小さな低木が生えていた。
枝先には、親指ほどの丸い実。
濃い藍色の実が、ころころと揺れている。
よく見ると。
表面に、小さな金色の粒が散っていた。
まるで、夜空に浮かぶ星みたいだった。
「本当にあったぁ!?」
ニャオミーが目を丸くする。
そらぴすは、しゃがみ込むと、慣れた手つきで実を摘み始めた。
ぷち。
ぷち。
摘まれる度に。
金色の粒が、ほわっと光る。
「かわいい……。」
コハクが、思わず呟いた。
「でしょー?」
「これね。」
「煮ると蜂蜜みたいにとろっとする。」
「……!」
コハクの目が輝く。
「しかも甘い。」
「……!」
さらに輝いた。
「デザートにすると優勝。」
「優勝……。」
完全に興味津々だった。
その後も。
「あ。」
「また!?」
「風鳴き豆。」
「あ。」
「今度は何!?」
「雲綿の芽。」
「あ。」
「まだあるの!?」
「ある。」
どんどん。
籠が、いっぱいになっていく。
気づけば。
三人とも、夢中になっていた。
たぬぷぅは、風鳴き豆を見つけて。
「……あった。」
嬉しそうに、そらぴすへ見せに行く。
コハクは、ふわふわと白い綿毛が生えた雲綿の芽を見つけて。
「これ……何に使うの?」
「それねー。」
と、二人で顔を寄せ合って話している。
夕方。
西へ傾いた日差しが、森を茜色に染めていた。
長く伸びた木々の影が、地面へゆっくりと落ちている。
「今日は豊作ー!」
そらぴすが、満足そうに籠を掲げた。
中には。
朝虹茸。
月鈴菜。
星蜜の実。
風鳴き豆。
雲綿の芽。
見たこともない食材が、ぎっしりと詰まっている。
「……いっぱい。」
たぬぷぅが、目をきらきらさせる。
「うん!」
「いっぱい!」
そらぴすも、にぱっと笑った。
「……楽しかった。」
コハクが、ぽつりと呟く。
その声に。
ユウトが、思わずコハクを見る。
夕日に照らされた横顔は、とても穏やかだった。
未来視のことも。
神宝のことも。
今だけは忘れているみたいに。
頬が、少しだけ赤い。
手には、いつの間にか摘んだ星蜜の実が握られていた。
そんなコハクを見るのは、初めてかもしれない。
ユウトは、なんとなく。
少しだけ、嬉しくなった。
そらぴすが、空を見上げる。
「……もうすぐだよ。」
「ん?」
「九尾の里。」
全員が顔を上げる。
木々の隙間。
遠く。
山の上に、小さな灯りが見えていた。
夕焼けの中。
ぽつり、ぽつり。
山の斜面へ、星みたいな灯りが浮かんでいる。
細い煙が、ゆっくりと空へ伸びていた。
誰かが、夕飯を作っているのかもしれない。
静かな山里だった。
コハクが、ふっと目を細める。
「……もうすぐね。」
すると。
ユウトが、そらぴすを見る。
「そういえば。」
「ん?」
「そらぴすって、九尾の里は初めて?」
「そそ!」
そらぴすが、ぱっと顔を上げる。
「うち、初めてなんだよね!」
「ずっと気になってたんだー!」
「へぇ。」
「名物の……。」
少し考える。
「妖蜜みたらし団子?」
「噂、聞いたことある!!」
「お。」
ユウトが、思わず笑う。
「あれ、うまいよな。」
「でしょ!?」
「まだ食べてない。」
「あ。」
「そっか。」
そらぴすが、こくこく頷く。
「絶対食べる。」
真顔だった。
すると。
ユウトが、たぬぷぅを見る。
「あれ、たぬぷぅの主食だよな?」
「うん。」
こくり。
「……しゅしょく。」
「団子が主食なんだ……。」
そらぴすが、しみじみと呟く。
「……いい文化。」
「そこ!?」
ニャオミーがツッコむ。
そらぴすは、山の上の灯りを見つめる。
そして。
にっ。
「楽しみ!」
夕焼け色に染まる空の下。
笑いながら。
他愛もない話をしながら。
彼らは、九尾の里へ向かうのだった。




