第六十六章 神宝に選ばれし者
たぬぷぅが、ぱちりと目を瞬かせる。
再生した神宝が、目の前へ降りてきていた。
淡い緑色の透明な球。
その周りを、細い蔦が優しく包み込むように絡んでいる。
そして。
蔦のあちこちには、小さな白い花がいくつも咲いていた。
ふわり。
一枚の花びらが舞い落ちる。
「……きれい。」
たぬぷぅが、小さく呟いた。
すると。
神宝が、ふわりと揺れる。
まるで、嬉しそうに笑ったみたいだった。
――ありがとう。
また。
優しい声が聞こえる。
「……!」
たぬぷぅの耳が、ぴんと立った。
――助けてくれて。
――帰ってきてくれて。
たぬぷぅは、じっと神宝を見つめる。
――鈴葉。
――少しだけ、力を貸そう。
その言葉とともに、神宝がゆっくりと回り始めた。
さらさら、と白い花びらが舞う。
そして。
ぱあっ――。
柔らかな緑色の光が、たぬぷぅを包み込んだ。
「……!」
小さな体が、ふわりと宙へ浮かび上がる。
風が吹く。
耳が揺れる。
しっぽが、ふわりと揺れた。
その時だった。
一枚の白い花びらが、たぬぷぅの胸へそっと触れる。
瞬間。
どくん。
胸が、大きく鳴った。
『泣いているものへ、手を伸ばせるように。』
『苦しんでいるものを、助けられるように。』
『命を、大切にできるように。』
優しい声だった。
『これは……生命の加護。』
ぱあっ――。
光が弾ける。
そして。
緑色の光が、ゆっくりと空へ溶けるように消えていった。
たぬぷぅの体も、ふわりと地面へ降りる。
「たぬぷぅ!」
ユウトが慌てて駆け寄った。
「大丈夫!?」
「……うん。」
たぬぷぅは、自分の手を見つめる。
何も変わっていない。
でも。
胸の奥が、じんわりと温かかった。
その時。
ふわり。
指先へ、小さな緑色の光が灯る。
「……!」
ちょこん、と小さな芽が現れた。
葉っぱが二枚。
今、生まれたばかりのような、小さな芽だった。
全員が、目を丸くする。
「……芽?」
ニャオミーが、ぽかんと口を開けた。
「芽じゃな……。」
ルゥも、珍しく呆けた顔になっている。
だが。
その芽は、すぐにふわりと光になり、消えてしまった。
たぬぷぅが、ぱちぱちと目を瞬かせる。
「……なんか、でた。」
「なんか出たね……。」
ユウトも、なんとも言えない顔になる。
すると。
ダイダラボッチが、静かに笑った。
「……神宝の加護なのかもしれぬな。」
「……かも?」
ユウトが首を傾げる。
「うむ。」
ダイダラボッチが、ゆっくりと頷く。
「わしも、神宝そのものについて詳しいわけではない。」
「神宝が再生した姿を見るのも……これが初めてじゃ。」
全員が、思わず顔を見合わせた。
ダイダラボッチでも知らない。
それほどまでに、神宝とは謎に満ちた存在なのだ。
巨大な瞳が、たぬぷぅを優しく見つめる。
「じゃが……。」
「おぬしはもう、守られるだけの子ではない。」
「……。」
「命を守る力を、授かったのであろう。」
風が吹いた。
白い花びらが、ふわりと舞う。
たぬぷぅは、自分の小さな手を見つめる。
何もできないと思っていた。
小さくて。
弱くて。
みんなの後ろにいることしか、できないと思っていた。
でも。
胸の奥が、温かい。
指先にも、まだ少しだけ光の余韻が残っている気がした。
やがて。
たぬぷぅが、小さく笑う。
そして。
ぽつりと呟いた。
「……わたしにも。」
みんなが顔を上げる。
たぬぷぅは、自分の手をぎゅっと握った。
「……できること、あった。」
その声は。
少しだけ、誇らしそうだった。
ふわり。
白い花びらが舞う。
それを見て。
ユウトも。
コハクも。
ニャオミーも。
優しく笑った。
そして――。
少し離れた木の上。
月明かりの届かない枝の上で、一つの人影がその光景を静かに見つめていた。
黒い装束。
風に揺れる長い髪。
その瞳へ、再生した神宝の光が映る。
「……。」
しばらく。
黙って見つめていた人影は、やがて小さく息を吐いた。
風が吹く。
白い花びらが、一枚だけそこまで流れてくる。
人影は、それを指先でそっと受け止めた。




