第五十八章 記憶の欠片
「……っ!」
たぬぷぅが、頭を押さえた。
全員。
「たぬぷぅ!?」
ぐらり。
小さな体がよろめく。
ユウトが慌てて支える。
「大丈夫!?」
「……あ。」
たぬぷぅの瞳が、大きく揺れる。
森が見える。
でも。
今の森じゃない。
綺麗な森だった。
木々は青く。
花が咲いている。
鳥が鳴いている。
そして。
『まてぇー!』
幼い声。
小さな狸の子が、笑いながら走っていた。
『つかまえるー!』
後ろを、大きな鹿が追いかける。
『まてまてー!』
『きゃははっ!』
鈴のような笑い声。
たぬぷぅが、息を呑む。
『……わたし。』
小さな狸の子。
それは。
間違いなく、自分だった。
場面が変わる。
夜。
焚き火。
『はんぶんこ。』
小さな手が、木の実を差し出している。
隣には、大きな鹿。
鹿が、嬉しそうに顔を寄せる。
『いっぱいたべる。』
『……。』
『おおきくなる。』
『……!』
鹿が、ふんすと鼻を鳴らした。
『えらい。』
頭を撫でる。
ふわふわ。
温かい。
懐かしい。
胸が、きゅうっと痛くなる。
『……ともだち。』
ぽろり。
涙が零れた。
その瞬間だった。
――グルァアアアアッ!!
咆哮。
景色が、真っ赤に染まる。
黒い靄。
悲鳴。
泣き声。
『なんで……。』
幼い自分の声。
『なんで……こんなことするの……?』
そこには。
赤い目になった鹿がいた。
苦しそうに暴れている。
その向こう。
誰かが弓を構えていた。
『だめぇっ!!』
幼い自分が飛び出す。
『撃たないで!!』
きらり。
月明かりに、矢が光った。
『……っ!!』
その瞬間。
ぶつっ。
記憶が途切れた。
「……はぁっ!」
たぬぷぅが、はっと顔を上げる。
息が苦しい。
胸が痛い。
涙だけが、止まらない。
「……とも……だち。」
小さく呟く。
そして。
震える声で。
「……おぼえてる。」
全員が、息を呑んだ。
たぬぷぅが、涙で濡れた目を上げる。
真っ直ぐ。
苦しむ妖鹿を見つめる。
「……この子。」
ぽろり。
また涙が落ちる。
「……ずっと。」
「……ずっと、ひとりだった。」
――グルル……。
妖鹿が、苦しそうに小さく鳴いた。
風が吹く。
ざわり。
歪な季節の森が、大きく揺れた。




