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第五十六章 大切な友達

風が吹く。


 


ざわり。


 


(いびつ)な季節の森が、大きく揺れた。


 


赤い目。


 


全身へ絡みつく黒い蔦。


 


巨大な妖鹿(ようろく)が、苦しそうに息を荒げている。


 


――グルル……。


 


その目から、一筋の涙が零れ落ちた。


 


 


「……友達。」


 


たぬぷぅが、小さく呟く。


 


「うむ。」


 


ダイダラボッチが、静かに頷く。


 


「幼い頃から、ずっと一緒じゃった。」


 


「……。」


 


「鈴葉が木の実を拾えば、隣におった。」


 


「川で遊べば、一緒に水を飲み。」


 


「昼寝をすれば、隣で寝ておった。」


 


風が吹く。


 


ざわり。


 


たぬぷぅの胸が、きゅっと痛んだ。


 


隣。


 


大きくて。


 


あったかい。


 


そんな何かが、一瞬だけ浮かぶ。


 


「……あ。」


 


でも。


 


すぐに消えた。


 


「……思い……出せない。」


 


小さな声だった。


 


――グルァアアアッ!!


 


突然。


 


妖鹿が苦しそうに吠えた。


 


どしんっ!!


 


地面を踏み鳴らす。


 


黒い(もや)が、ぶわりと溢れ出した。


 


「……っ!」


 


コハクが目を見開く。


 


「穢れが……!」


 


妖鹿が、再び咆哮する。


 


――グルァアアアアッ!!


 


どごぉっ!!


 


近くの木へ、角が叩きつけられた。


 


太い幹が、めきめきと音を立てる。


 


「まずい!」


 


ルゥが叫ぶ。


 


「完全に飲まれかけておる!」


 


ぽんが、一歩前へ出た。


 


その顔が、苦しそうに歪む。


 


「……くそ。」


 


背中へ手を伸ばす。


 


すらり。


 


小さな弓を取り出した。


 


全員が、はっと顔を上げる。


 


ぽんは、真っ直ぐ妖鹿を見つめていた。


 


「ぽん……?」


 


「……もう限界だ。」


 


小さな声だった。


 


「これ以上、苦しませられない。」


 


矢をつがえる。


 


たぬぷぅが、目を見開いた。


 


弓。


 


矢。


 


その瞬間。


 


胸が、どくん、と鳴った。


 


『なんで……?』


 


知らない声。


 


幼い声。


 


『なんで撃つの……?』


 


「……!」


 


たぬぷぅの耳が、ぴんと立つ。


 


ぽんが、ゆっくり弓を引いた。


 


「……ごめんな。」


 


震える声だった。


 


「俺には……これしかできない。」


 


――グルル……。


 


妖鹿が、苦しそうに息を吐く。


 


赤い目から、また涙が零れた。


 


その瞬間。


 


たぬぷぅが、一歩前へ出た。


 


「……だめ。」


 


全員。


 


「……え?」


 


ぽんが、目を見開く。


 


「すず……?」


 


たぬぷぅが、妖鹿を見つめる。


 


涙が、止まらなかった。


 


苦しい。


 


悲しい。


 


どうしてか、分からない。


 


でも。


 


分かることが、一つだけあった。


 


この子は。


 


泣いている。


 


「……だめ。」


 


もう一度、呟く。


 


ぽんが苦しそうに顔を歪めた。


 


「でも……!」


 


「……だめ。」


 


「すず!」


 


その時だった。


 


妖鹿が、苦しそうに鳴いた。


 


――グルル……。


 


たぬぷぅの肩が、びくりと震える。


 


そして。


 


ぽろり。


 


涙が零れ落ちた。


 


「……この子。」


 


小さな声だった。


 


「……ないてる。」


 


静寂。


 


風が吹く。


 


ざわり。


 


森が、大きく揺れた。


 


「……だから。」


 


たぬぷぅが、涙で濡れた目を上げる。


 


そして。


 


初めて、感情をぶつけるように叫んだ。


 


「だめぇっ!!」

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