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第五十章 たぬぷぅと忘れられた故郷

ぽんの言葉に、誰もすぐには返事ができなかった。


 


風が吹く。


 


ざわり。


 


歪な季節の森が揺れる。


 


たぬぷぅは、小さく胸の辺りを押さえていた。


 


「……すずは。」


 


ぽつり。


 


自分の名前を、もう一度呟く。


 


「……。」


 


でも。


 


何も思い出せない。


 


目の前の狸も。


 


この森も。


 


木霊たちも。


 


全部、初めて見るはずなのに。


 


胸の奥だけが、少し痛かった。


 


ぽんが、ゆっくり口を開く。


 


「昔、この森には、たぬき族が住んでたんだ。」


 


全員が顔を上げる。


 


「春には花が咲いてさ。」


 


ぽんが、少し笑う。


 


「夏は川で遊んで。」


 


「秋は木の実を集めて。」


 


「冬は、みんなで雪だるまを作って。」


 


風が吹く。


 


ざわり。


 


目の前では、春の花と紅葉が同時に揺れている。


 


「……今とは、全然違う森だった。」


 


静寂。


 


たぬぷぅが、小さく尋ねた。


 


「……わたしも?」


 


ぽんは頷く。


 


「うん。」


 


少し懐かしそうに目を細めた。


 


「鈴は、いつも走り回ってた。」


 


「……。」


 


「木霊ともすぐ仲良くなったし。」


 


「魚を捕まえるって言って、川に落ちたり。」


 


木霊が、こくこくと頷く。


 


「おちた。」


 


「落ちたの!?」


 


ニャオミーが思わず声を上げる。


 


ぽんが笑う。


 


「何回も。」


 


「……。」


 


たぬぷぅが、ぱちぱちと目を瞬かせる。


 


自分が。


 


そんなことをしていたのか。


 


全然、想像がつかない。


 


ぽんは、くすっと笑った。


 


「あと……誰よりも食べてた。」


 


静寂。


 


「……。」


 


「春は山菜。」


 


「夏は魚。」


 


「秋は木の実。」


 


「冬は干し肉。」


 


「とにかく、ずっと何か食べてた。」


 


ユウトたちが、すっ……とたぬぷぅを見る。


 


たぬぷぅ。


 


「……?」


 


ニャオミーが口元を押さえた。


 


「……変わってない。」


 


コハクが、小さく吹き出す。


 


「ええ。びっくりするくらい。」


 


ルゥが腕を組む。


 


「うむ。旅に出てからも、ずっと何か食べておる。」


 


たぬぷぅが首を傾げる。


 


「……そうなの?」


 


全員。


 


「「「そう。」」」


 


「……。」


 


たぬぷぅは、しばらく考え込む。


 


そして。


 


「……おなか、すいた。」


 


全員。


 


「今ぁ!?」


 


森へ、少しだけ笑い声が響いた。


 


ぽんも、目を丸くしたあと、小さく吹き出す。


 


「……はは。」


 


その笑顔が、ふっと懐かしそうなものになる。


 


「ほんと……変わってないな。」


 


風が吹く。


 


ざわり。


 


木々が揺れる。


 


ぽんの笑みが、少しだけ寂しそうなものへ変わった。


 


「でも……少しずつ、森がおかしくなった。」


 


笑顔が消える。


 


「木の実が減って。」


 


「川の魚もいなくなって。」


 


「それに……。」


 


ぽんは、先ほど鹿が消えていった方角を見る。


 


「邪鬼化した妖獣が現れ始めた。」


 


静寂。


 


「危なくなったから……みんな、森を出た。」


 


風が吹く。


 


ざわり。


 


黒ずんだ木々が揺れる。


 


ぽんは、ゆっくり拳を握った。


 


「でも。」


 


小さく息を吐く。


 


「鈴だけ、いなくなった。」


 


たぬぷぅが顔を上げる。


 


「……。」


 


「俺たち……死んだと思ってた。」


 


誰も何も言えなかった。


 


木霊たちも、しゅんと耳を垂らしている。


 


静寂。


 


たぬぷぅは、辺りを見回した。


 


歪な季節。


 


黒ずんだ木。


 


泣いている木霊。


 


そして。


 


目の前で、自分を見つめるぽん。


 


「……わたし。」


 


小さく呟く。


 


「……ここに、いたの……?」


 


ぽんが、ゆっくり頷いた。


 


「うん。」


 


その時だった。


 


「……。」


 


ユウトが、ふと眉をひそめる。


 


「その腕……。」


 


「え?」


 


ぽんが、自分の右腕を見る。


 


破れた袖。


 


その下から。


 


じわり。


 


赤い血が滲んでいた。

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