第四十九章 森に住む若狸と『すず』
「……かえって、きた。」
木霊の言葉に、全員が固まった。
たぬぷぅだけが、きょとんと首を傾げる。
「……わたし?」
木霊は、こくこくと何度も頷いた。
「まってた……。」
「え……。」
たぬぷぅが、困ったように自分を指差す。
その時だった。
「……誰が?」
奥から声がした。
全員が振り向く。
がさっ。
茂みが揺れる。
現れたのは、一匹の狸だった。
たぬぷぅと同じくらいの年頃。
少しだけ年上だろうか。
茶色い耳。
ふさふさのしっぽ。
背中には、小さな弓を背負っている。
木霊が、ぱっと顔を輝かせた。
「かえってきた!」
若い狸が首を傾げる。
「だから、誰が……。」
そして。
たぬぷぅを見た。
静寂。
若い狸の目が、大きく見開かれる。
「……。」
「……?」
たぬぷぅが首を傾げる。
若い狸の唇が、小さく震えた。
「……すず?」
誰も動かなかった。
「……すずなのか……?」
たぬぷぅ。
「……?」
次の瞬間だった。
若い狸が駆け出す。
そして。
ぎゅっ。
たぬぷぅを抱きしめた。
「……!」
たぬぷぅが目をぱちぱちさせる。
若い狸の声が震えていた。
「生きてた……。」
「……。」
「生きてたんだ……。」
しばらく。
誰も何も言えなかった。
やがて。
たぬぷぅが、おそるおそる口を開く。
「……だれ?」
静寂。
若い狸の動きが止まる。
「……え?」
「……。」
「俺……分からない?」
たぬぷぅが、困ったように首を横へ振る。
若い狸は、しばらく固まっていた。
やがて。
ゆっくりと手を離す。
「……そっか。」
その声は、少しだけ寂しそうだった。
「……忘れちゃったのか。」
たぬぷぅは、申し訳なさそうに耳を伏せる。
「……ごめん。」
若い狸は、慌てて首を横へ振った。
「いや! 謝ることじゃない!」
それから。
少しだけ笑う。
「……生きててくれたなら、それだけでいい。」
ユウトが、おずおずと口を開いた。
「あの……。」
「ん?」
「君は……?」
若い狸は、はっとした。
「あ。」
そして。
こほん、と咳払いをする。
妙に胸を張った。
「俺は――」
一拍。
「徳福院・満月斎・ぽん平狸之介だ。」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
最初に口を開いたのは、ニャオミーだった。
「なっっっっが!!」
「やっぱりそこ!?」
若い狸が叫ぶ。
ユウトが思わずツッコむ。
「ニャオミーも人のこと言えないけどな!?」
「私のは可愛いもん!」
「いや、十分長い!」
「私の名前は、ルミナリア・ムーンフェリス・ピアステイルです!」
「自分から言い始めた!?」
若い狸が頭を抱えた。
「俺だって恥ずかしいから嫌なんだよ言うの!!」
コハクが、思わず吹き出す。
「そこは嫌なんだ……。」
「嫌だよ! 毎回初対面で笑われるんだぞ!」
「ご、ごめん……。」
「謝らないで!? 余計傷つくから!」
木霊が、てしてしと若い狸の足を叩いた。
「ぽーん。」
「その呼び方やめろ!」
「ぽーん。」
「だからやめろって!」
「……ぽん?」
たぬぷぅが首を傾げる。
若い狸が、ぴたりと止まった。
そして。
ふっと笑う。
「……うん。」
「みんなには、ぽんって呼ばれてる。」
「……ぽん。」
「うん。」
ぽんは、小さく頷いた。
その顔は、どこか嬉しそうだった。
やがて。
ぽんが、改めてたぬぷぅを見る。
「……覚えてないんだな。」
「……。」
ぽんは、ゆっくりと口を開く。
「鈴葉。」
たぬぷぅが、ぱちりと目を瞬かせる。
「それ、お前の名前。」
風が吹いた。
ざわり。
歪な季節の森が揺れる。
「……すず……は。」
たぬぷぅが、小さく繰り返す。
「鈴葉……。」
どこか。
懐かしい響きだった。
でも。
何も思い出せない。
胸の奥が、ほんの少しだけ、きゅっとした。
ぽんは、そんなたぬぷぅを静かに見つめていた。
やがて。
小さく息を吐く。
「……話したいことが、いっぱいあるんだ。」
風が、再び森を吹き抜けた。
まるで。
眠っていた何かが。
少しだけ、目を覚ましたようだった。




