第四十六章 神宝の真実、そして旅立ち
九尾の里。
お婆ちゃんの家の中は静まり返っていた。
机の上へ置かれた銀色の欠片だけが、窓から差し込む月明かりを受けて、淡く輝いている。
お婆ちゃんが、その光をじっと見つめた。
「……本当にあったんじゃのう」
「神宝って……やっぱり作り話じゃなかったんだ……」
コハクが欠片を見る。
ルゥも腕を組んだまま、静かに口を開いた。
「我も半信半疑じゃった。」
「龍神ですら知らないんだもんな…」
「神の話など、我が生まれるよりも、ずっと昔の話じゃ。」
部屋へ静寂が落ちる。
やがて。
お婆ちゃんが、ゆっくりと欠片へ手を伸ばした。
「……やってみようかねぇ。」
指先が、銀色の欠片へ触れる。
その瞬間だった。
ぱぁぁっ――。
眩い光が、部屋いっぱいに広がった。
風が吹く。
カタカタと窓が揺れ、白い光が視界を埋め尽くしていく。
「なっ……!?」
ユウトが思わず目を閉じた。
次に目を開けた時。
そこは、もう九尾の里ではなかった。
どこまでも青い空が広がっていた。
頬を撫でる風は暖かく、どこか懐かしい草花の匂いがする。
「ここ……」
誰かが小さく呟いた。
そして。
全員が空を見上げる。
そこには、巨大な樹が立っていた。
山よりも大きい。
真っ白な幹が空へ向かって真っすぐ伸び、銀色に輝く葉が風に揺れている。
まるで。
世界そのものを支えている柱みたいだった。
「……なんじゃ、あれ……」
ルゥですら、目を見開く。
すると。
大きな影が空を横切った。
龍だった。
一匹ではない。
何匹もの龍が、白い樹の周りを悠々と飛んでいる。
その下では、天狗が笑い合い、河童たちが川で遊び、鬼たちが大きな杯を囲んで酒を飲んでいた。
そして。
人もいる。
妖もいる。
誰も怯えていない。
誰も争っていない。
みんな、同じ場所で笑っていた。
「……平和だ。」
ユウトが、ぽつりと呟く。
そこは、まるで絵本の中みたいな世界だった。
その時。
とことこと、小さな足音が聞こえた。
白い着物。
白い髪。
小さな少女が、こちらへ歩いてくる。
「……っ!」
ユウトが息を呑んだ。
あの子だ。
夢で見た。
何度も声を聞いた。
白い少女。
少女が、ゆっくり振り返る。
だが。
顔だけが光に包まれ、どうしても見えない。
それでも。
笑っている気がした。
『今日も、みんな元気だね』
優しい声だった。
次の瞬間。
人も。
妖も。
一斉に少女へ駆け寄っていく。
『神さまー!』
静寂。
「……神。」
ユウトが呆然と呟いた。
白い少女が。
神――。
その時だった。
ドクン。
嫌な音が響く。
暖かな風が止まり、空気が一変した。
白い樹の葉が、はらりと一枚落ちる。
妖たちが空を見上げた。
人々の笑顔が消える。
少女も、ゆっくりと振り返った。
そして。
全員が見た。
空に。
黒い亀裂が走っていた。
まるで。
世界そのものが、音を立てて割れていくように。
ゴゴゴゴ……。
大地が揺れる。
白い樹が軋む。
少女が、悲しそうに呟いた。
『……もう時間がない』
次の瞬間。
少女の胸から、幾つもの光が浮かび上がった。
赤。
青。
緑。
金。
銀。
色とりどりの光が、夜空の星のようにゆっくりと宙へ浮かぶ。
やがて。
それらは、一つ一つ宝の姿へ変わっていった。
「……神宝。」
ルゥが息を呑む。
少女は、その宝たちを愛おしそうに見つめていた。
『ごめんね……』
『このままだと……みんなが傷ついてしまう……』
今にも泣き出しそうな声だった。
そして。
少女が、宝へそっと手を伸ばす。
『お願い。』
『みんなを……守って。』
ぱりん。
小さな音がした。
「……え?」
ぱりん。
ぱりん。
次々に。
神宝へ亀裂が走っていく。
砕けた欠片は無数の光となり、流れ星のように空へ、大地へ、世界中へ降り注いでいった。
そこで。
景色が大きく歪んだ。
ノイズが走る。
白い世界が揺らぐ。
そして。
誰かが立っていた。
黒い装束。
何枚もの札。
顔は見えない。
だが。
その人物の周りだけ、空気が異様に重い。
「……誰だ……?」
その瞬間。
ブツッ――。
世界が消えた。
気づけば。
お婆ちゃんの家だった。
お婆ちゃんが額へ汗を浮かべた。
「……ここまでじゃ」
誰も喋れない。
静かな夜だった。
やがて。
ユウトが、小さく手の中の欠片を見た。
神。
白い少女。
神宝。
砕け散った欠片。
そして。
最後の黒い影。
全部が。
まだ謎のままだった。
その時。
ふわり。
神宝の欠片が、淡く光った。
全員が見る。
そして。
頭の中へ。
あの優しい声が響いた。
『……見つけて』
『みんなを……お願い』
光が消える。
ユウトは、そっと欠片を握った。
そして。
ゆっくり顔を上げる。
「……行こう」
みんなが見る。
「俺、この子が何を守ろうとしたのか……知りたい」
「何で神宝を砕いたのか。」
「何で、俺たちを呼んだのか。」
「……全部。」
窓の外では、虫の声が静かに鳴いている。
「だから。」
「俺、この子を探したい。」
しばらく、誰も何も言わなかった。
やがて。
ふっと、ルゥが小さく笑う。
「……長い旅になりそうじゃぞ?」
ユウトを見る。
「それでも行くのか。」
ユウトは頷いた。
すると。
ルゥは、どこか楽しそうに口元を緩めた。
「ならば決まりじゃ。」
「我も行く。」
「監視せねばならんからの。」
「まだ言うんだ、それ……」
思わずユウトが苦笑する。
その隣で、ニャオミーがぱっと顔を上げた。
「私も!」
立ち上がる。
「私も行きたい!」
「まだ見たことない国、いっぱいあるもん!」
今度はコハクが、小さく息を吐いた。
「……まぁ、そうなるわよね。」
少し呆れたように笑う。
「ここまで来て、一人だけ帰るなんて後味悪いし。」
ユウトを見る。
「こうなったら、どこまでも付き合ってあげる。」
「コハク……」
すると。
ぽすっ。
たぬぷぅがユウトの隣へ座った。
「わたしもいく。」
小さな拳をぎゅっと握る。
「こんどは。」
「ちゃんと、たたかう。」
その真っすぐな目に、ユウトは思わず笑ってしまう。
そして。
お婆ちゃんが、みんなを見渡した。
優しい目だった。
「……賑やかな子たちじゃねぇ。」
みんなが振り向く。
お婆ちゃんは、にっこりと笑った。
「何かあったら、いつでも帰っておいで。」
「ここはもう……みんなの家なんだから。」
夜風が、そっと部屋へ吹き込む。
あの少女を追って。
気がつけば、俺は妖の国へ来ていた。
最初は、たった一人だった。
知らない世界。
知らない景色。
知らない妖怪たち。
正直、怖かった。
でも。
今は違う。
隣では、ルゥが腕を組んでいる。
コハクが、呆れたようにため息をつく。
ニャオミーは、次はどこへ行こうかと目を輝かせている。
たぬぷぅは、いつものようにお菓子を頬張っていた。
気づけば。
こんなにも頼もしい仲間たちに囲まれていた。
元の世界へ帰りたくないと言えば、嘘になる。
帰りたい気持ちは、今でもちゃんとある。
でも。
俺には、俺がここへ来た理由がある気がした。
白い少女。
神宝。
「見つけて」
「みんなを……お願い」
あの声が、今も耳に残っている。
きっと。
あの子が、俺を選んでくれた。
そんな気がするから。
だから――。
俺は、その願いに応えたい。
「……行こう。」
新たな旅立ちの瞬間を、
白い月が、静かに照らしていた――。
ここからは神宝のカケラを探す旅編が始まります!
一度話をまとめて組立てるため数日更新が止まりますが、まとまり次第また再開します。よろしくお願いします。




