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第四十五章 神宝の欠片を取り戻せ 後編


呪獣が、ゆっくりと起き上がった。


 


赤い瞳が、まっすぐこちらを見ている。


 


低い唸り声が、森の静寂を震わせた。


 


グルルル……。


 


ルゥは手の中の護符を見つめていた。


 


「……そうか」


 


小さく呟く。


 


「だから月露の雫を取りに行かせたのか……!」


 


「え?」


 


ルゥが顔を上げる。


 


「月露は、鬼神面の呪術を祓う力を持っておる!」


 


静まり返る。


 


ユウトの脳裏へ、酒蔵での出来事が一気に蘇った。


 


月露の雫。


 


それを狙っていた呪獣。


 


そして、何も説明せず護符を渡した酒呑童子。


 


全部が、一本の線で繋がる。


 


「だから……あの酒を……」


 


「鬼神面は月露の雫を狙ってたのか……!」


 


ルゥが静かに頷いた。


 


「あやつ……最初から分かっておったんじゃ」


 


グルルル……。


 


唸り声とともに、呪獣が前足を踏み出す。


 


その巨体が再び駆け出そうとした瞬間だった。


 


「今じゃ!」


 


ルゥが護符を放った。


 


ひらり、と一枚の紙が宙を舞う。


 


次の瞬間。


 


ぱぁぁっ――。


 


銀色の光が、夜の森へ大きく広がった。


 


呪獣が止まる。


 


「……!?」


 


そして。


 


ギャアアアアアアア!!


 


絶叫が響き渡った。


 


黒い靄が激しく揺れ、全身へ貼り付いていた呪符が一斉に燃え始める。


 


ぼろぼろと灰になり、黒い煙となって消えていく。


 


「効いてる……!」


 


ニャオミーが叫ぶ。


 


靄が薄れ、隠されていた胸元が露わになった。


 


そこには。


 


銀色の結晶が、心臓のように脈打っている。


 


「今ならいける!」


 


ユウトが駆け出した。


 


剣を握る。


 


だが。


 


呪獣も最後の力を振り絞る。


 


咆哮。


 


巨大な前足が振り上げられた。


 


「ユウト!」


 


ニャオミーの悲鳴。


 


しかし。


 


ユウトは足を止めなかった。


 


目の前に見えている。


 


胸の奥で、かすかに光を明滅させる銀色の欠片。


 


まるで。


 


苦しそうに脈打っている。


 


――助けて。


 


不意に。


 


そんな声が聞こえた気がした。


 


「……っ!」


 


ユウトは剣を捨てた。


 


「ユウト!?」


 


ルゥが目を見開く。


 


そのまま跳ぶ。


 


伸ばした手が、呪獣の胸へ届く。


 


ガシッ。


 


銀色の結晶を掴んだ。


 


熱かった。


 


手の中で脈打つそれは、本当に生きた心臓を掴んでいるみたいだった。


 


次の瞬間。


 


ギャアアアアアア!!


 


呪獣が空を裂くような悲鳴を上げる。


 


「ごめん……!」


 


ユウトは歯を食いしばった。


 


「でも……もういいだろ……!」


 


全身へ力を込める。


 


そして。


 


ブチッ――。


 


銀色の結晶が、胸から引き抜かれた。


 


静寂。


 


呪獣の全身を覆っていた黒い靄が、ゆっくりと消えていく。


 


赤い瞳からも、禍々しい光が失われていった。


 


巨大な体が傾く。


 


そして。


 


――ドォン。


 


重い音を立てて、その場へ崩れ落ちた。


 


誰も動かなかった。


 


森に残るのは、静かな風の音だけ。


 


やがて。


 


呪獣の体が淡い光へ変わり始める。


 


黒い毛並みがさらさらと崩れ、夜風へ溶けていく。


 


その姿は、不思議と安らかだった。


 


ユウトは小さく息を吐く。


 


そして、そっと手を開いた。


 


そこには。


 


小さな銀色の欠片があった。


 


「……これが」


 


ルゥが静かに頷く。


 


「ああ」


 


「神宝の欠片じゃ」


 


その時だった。


 


――見つけて。


 


白い声。


 


ユウトが、はっと顔を上げる。


 


「今の……」


 


返事はない。


 


ただ風だけが、静かに木々を揺らしている。


 


森の向こう。


 


遠い崖の上に、白い何かが立っている気がした。


 


少女のような。


 


小さな影。


 


だが、瞬きをした時にはもう消えていた。


 


ユウトは手の中の欠片を見つめる。


 


白い少女。


 


神宝。


 


赤目男。


 


全部が、どこかで繋がっている。


 


その時だった。


 


ふっ、と気配がした。


 


全員が振り向く。


 


遠い崖の上。


 


今度は。


 


確かに立っていた。


 


黒い着物。


 


白い鬼神面。


 


そして。


 


こちらを見下ろす、赤い瞳。


 


風が吹き抜け、黒い髪が静かに揺れる。


 


だが、男は微動だにしない。


 


ただ崖の上から、神宝を取り戻したユウトたちを静かに見下ろしていた。


 


その赤い瞳だけが、月明かりの中で不気味に輝いていた――。

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