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第四十四章 鳥居の向こうの廃村

朝。


 


山の空気は冷たかった。


 


昨夜の宴が嘘のように、


辺りは静かだった。


 


屋敷の前。


 


ユウトたちは出発の準備をしている。


 


コハクは荷物を確認し、


ニャオミーはおにぎりを布へ包んでいた。


 


たぬぷぅはまだ眠そうだ。


 


「……ねむい」


 


「お前、昨日めっちゃ寝てただろ」


 


「いっぱいねたからねむい」


 


「なんでだよ」


 


いつものやり取りだった。


 


その時。


 


縁側から足音がする。


 


酒呑童子だった。


 


白銀の長い髪を揺らしながら、


こちらへ歩いてくる。


 


手には小さな袋を持っていた。


 


「ほれ」


 


ぽいっ。


 


ユウトが慌てて受け取る。


 


「うおっ」


 


袋を開く。


 


中には、


白い紙のお守りが五枚入っていた。


 


どれも薄く銀色に輝いている。


 


「……何これ?」


 


「護符や」


 


「護符?」


 


「せや」


 


酒呑童子が欠伸をする。


 


「まぁ持っとき」


 


「いや、何に使うんだよ」


 


「役に立つ」


 


「だからどういう時?」


 


「その時が来たら分かる」


 


雑だった。


 


ルゥがため息を吐く。


 


「いつもの奴じゃ」


 


「なんでも先に言わぬ」


 


「ケチなんだな」


 


「ケチやない」


 


酒呑童子が小さく笑う。


 


そして。


 


少しだけ真面目な顔になった。


 


「……ただ」


 


全員が顔を上げる。


 


「絶対なくすなよ」


 


静かな声だった。


 


いつもの軽い調子ではない。


 


それだけに、少しだけ空気が変わる。


 


ユウトは護符を見る。


 


理由は分からない。


 


でも。


 


何となく、大事なもののような気がした。


 


「……分かった」


 


酒呑童子は満足そうに頷く。





「ほな」


 


「行ってこい」


 


「……え?」


 


「行くんやろ?」


 


酒呑童子が顎で山の向こうを示す。


 


「赤目一族の村」


 


ユウトは少しだけ驚く。


 


それから頷いた。


 


「うん……」


 


「行ってくる」


 


そして。


 


少し笑う。


 


「また来るよ」


 


酒呑童子は数秒、じっとユウトを見る。


 


それから。


 


くるりと背を向けた。


 


ひらひらと片手を振る。


 


「百年後に来い」


 


「長っ!」


 


ユウトが思わず叫ぶ。


 


「俺死んでるよ!?」


 


酒呑童子が小さく笑う。


 


「短命やなぁ」


 


「人間の平均寿命な!」


 


すると。


 


酒呑童子が少しだけ空を見上げた。


 


そして。


 


ぽつり。


 


「……ほな、もう会えんかもな」


 


静かな声だった。


 


全員。


 


「……」


 


ニャオミーがぱちぱちと瞬きをする。


 


そして。


 


「また会いたいなら、『会いに来て』って言わなきゃ後悔するよ?!」


 


「少女漫画で習った!!」


 


「いつも唐突なんだよなぁ、その少女漫画話……」


 


ユウトが苦笑する。


 


酒呑童子の足が止まる。


 


数秒。



 


やがて。


 


ちらりとだけ振り返った。


 


「……ほう」


 


そして。


 


ふっと小さく笑う。


 


「まぁ……たしかにな」


 


その顔は。


 


今まで見たことがないほど、


穏やかだった。


 


どこか懐かしそうで。


 


どこか寂しそうで。


 


まるで、


遠い昔を思い出しているような。


 


朝の風が吹く。


 


白銀の長い髪が、静かに揺れた。


 


「……ほな」


 


今度こそ。


 


酒呑童子は屋敷の奥へ戻っていった。


 


ユウトはしばらく、その背中を見つめていた。


 


「……なんか」


 


「今の顔、綺麗だったな」


 


ルゥが小さく目を細める。


 


「……そうじゃな」


 


珍しく、否定はしなかった。


 

 


一行は山を下り始める。


 


目指すのは、赤目一族の拠点。


 


鬼神面を知る男が教えてくれた場所。


 


山道を歩く。


 


木々の隙間から朝日が差し込んでいた。


 


しばらくして、ニャオミーが地図を見る。


 


「この先ね」


 


「廃村があるみたい」


 


「廃村?」


 


ユウトが首を傾げる。


 


コハクが説明する。


 


「昔、人が住んでいた村よ」


 


「でも今は誰もいない」


 


「どうして?」


 


「分からない」


 


コハクも首を横に振った。


 


ルゥだけが黙っていた。


 


「……ルゥ?」


 


「嫌な場所じゃ」


 


珍しく。


 


顔が硬い。


 


「知ってるのか?」


 


「いや」


 


「じゃが……」


 


ルゥは森の奥を見る。


 


「空気が淀んでおる」


 


その言葉に、全員が静かになった。




ユウトは無意識に、懐の護符へ触れた。



 


嫌な感じがする。


 


さらに歩く。


 


やがて、森が開けた。


 


その先に、古い鳥居が見える。


 


半分崩れ、苔むしていた。


 


その奥には、朽ちた家々が並んでいる。


 






廃村だった。


 


誰もいない。


 


風だけが吹いている。


 


その時。


 


たぬぷぅが、


ぴたりと止まった。


 


「……?」


 


「どうした?」


 


たぬぷぅは、村の奥をじっと見ている。


 


そして。


 


小さな声で言った。


 


「なんかいる」


 


全員の空気が変わった。


 


次の瞬間。


 


グルルルル……


 


低い唸り声。


 


村の奥。


 


暗闇の中で。


 


二つの赤い光が、ゆっくり浮かび上がった。


 


そして。


 


巨大な影が、


ゆっくりと姿を現した――。

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