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第四十三章 赤目男の正体

静かだった。


 


さっきまであれだけ騒がしかったのに。


 


今は虫の声だけが聞こえる。


 


縁側では。


 


コハクが眠っている。


 


たぬぷぅを抱き枕のように抱えながら。


 


「むにゃ……たぬぷぅちゃん……」


 


「……」


 


たぬぷぅは諦めた顔だった。


 


ルゥも眠っていた。


 


ぐったりしている。


 


「もう……飲まぬ……」


 


寝言だった。


 


ニャオミーが吹き出す。


 


「絶対また飲むよね」


 


「飲むだろうな」


 


ユウトも苦笑した。


 


そして。


 


視線を前へ向ける。


 


酒呑童子だけが起きていた。


 


縁側へ腰掛け。


 


月露の雫を静かに飲んでいる。


 


いつものように笑っていない。


 


どこか。


 


遠くを見ている顔だった。


 


しばらく。


 


誰も喋らない。


 


風が吹く。


 


木々が揺れる。


 


やがて。


 


酒呑童子がぽつりと呟いた。


 


「……懐かしいな」


 


ユウトが顔を上げる。


 


「懐かしい?」


 


酒呑童子は手の中の杯を見る。


 


月明かりを受けて、


淡い銀色の酒が揺れていた。


 


「最後に飲んだん」


 


「何百年前やろなぁ」


 


「何百……?」


 


ユウトが固まる。


 


何百年。


 


もう感覚がおかしい。


 


酒呑童子は気にしていない。


 


くいっと酒を飲む。


 


そして。


 


小さく息を吐いた。


 


「それで」


 


鬼神面きじんめんやったな」


 


空気が変わる。


 


ユウトが自然と姿勢を正した。


 


酒呑童子は月を見上げる。


 


「結論から言う」


 


「鬼神面…赤目一族は人間や」


 


静寂。


 


「……人間?」


 


思わず聞き返した。


 


あの赤目男が。


 


人間?


 


酒呑童子は頷く。


 


「せや」


 


「ただし」


 


「普通の人間やない」


 


風が吹く。


 


長い白髪が揺れた。


 


「昔」


 


「鬼に魂を売った一族や」


 


誰も喋らなかった。


 


鬼に。


 


魂を。


 


売る。


 


言葉の意味が、


すぐには頭へ入ってこない。


 


ユウトがようやく口を開く。


 


「……なんで?」


 


酒呑童子は少し黙る。


 


そして。


 


「力が欲しかったんやろな」


 


それだけだった。


 


「契約の代わりに」


 


「人間では扱えへん力を手に入れた」


 


「呪術も」


 


「妖怪を操る術も」


 


「全部や」


 


地下遺跡。


 


あの無数の札が頭に浮かぶ。


 


そして。


 


赤い瞳。


 


鬼神面。


 


鬼神招来きじんしょうらい──開式かいしき


 


ユウトは思わず息を呑んだ。


 


「あいつ……」


 


「そんな奴だったのか……」


 


酒呑童子は静かに頷く。


 


「せや」


 


「昔から気味の悪い一族や」


 


その声だけ。


 


少し低かった。


 


ユウトは顔を上げる。


 


なんとなく。


 


気になった。


 


「酒呑童子」


 


「ん?」


 


「知り合いなのか?」


 


酒呑童子は答えない。


 


しばらく。


 


月を見上げていた。


 


やがて。


 


小さく笑う。


 


でも。


 


その笑みは、


いつもの軽い笑みではなかった。


 


「まぁ」


 


「会ったことくらいはある」


 


曖昧だった。


 


けれど。


 


それ以上聞くな。


 


そんな空気があった。


 


ユウトは黙る。


 


ニャオミーも何も言わない。


 


すると。


 


酒呑童子がふっと息を吐く。


 


そして。


 


ぽつりと呟いた。


 


「……ほんま」


 


「昔から嫌いや」


 


静かな声だった。


 


怒っているわけでもない。


 


憎んでいるわけでもない。


 


でも。


 


その一言だけが。


 


妙に重かった。


 


風が吹く。


 


誰も喋らない。


 


やがて。


 


酒呑童子が立ち上がった。


 


月露の雫を持つ。


 


そして。


 


いつもの顔へ戻った。


 


「まぁ」


 


「今日はここまでや」


 


「え?」


 


ユウトが目を瞬かせる。


 


「終わり?」


 


「終わり」


 


「いやいや!」


 


「絶対まだ何か知ってるだろ!」


 


酒呑童子が笑う。


 


「知っとるで」


 


「じゃあ教えてくれよ!」


 


「嫌や」


 


即答だった。


 


「なんで!?」


 


酒呑童子はにやりと笑う。


 


そして。


 


月明かりの下で。


 


楽しそうに言った。


 


「全部教えてもらえると思うなや」


 


「人生、そういうもんや」


 


「うわぁ……」


 


めちゃくちゃ腹が立つ。


 


だが。


 


それ以上は何も言わなかった。


 


酒呑童子は屋敷の奥へ戻っていく。


 


その背中を見送りながら。


 


ユウトは空を見上げた。


 


鬼神面。


 


鬼に魂を売った人間。


 


そして。


 


昔からそれを知っている酒呑童子。


 


分かったこともある。


 


でも。


 


分からないことの方が、


ずっと増えた気がした。


 


夜風が吹く。


 


月だけが。


 


静かに輝いていた。

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