第四十二章 酔いどれ九尾
嫌な予感しかしなかった。
コハクが。
ゆっくり立ち上がる。
目がきらきらしていた。
そして。
ふらふらと歩き出す。
向かった先は。
たぬぷぅ。
「……たぬぷぅちゃん」
「わたし?」
次の瞬間。
「だいしゅきぃぃぃーーー!!!」
だきっ。
「!!!?」
たぬぷぅが抱きしめられた。
さらに。
すり。
すりすり。
ほおすりすり。
「ふわふわぁ……」
「いい匂いぃ……」
「かわいいぃ……」
全員。
「!!!??」
ユウトが固まる。
「誰?」
ルゥ。
大爆笑。
「ギャハハハハ!!」
「狐面白いぞ!!」
「もっとやれ!!」
コハクは半泣きだった。
「コハクさみしかったぁぁ……」
「毎日毎日頑張ってるからぁ……」
「たぬぷぅちゃんによしよしされたいぃぃ……」
普段のコハクからは、
想像もできない声だった。
たぬぷぅは少し考える。
そして。
なで。
なでなで。
コハク。
「しゅきぃぃぃ……」
顔がとろけた。
ユウトは頭を抱える。
「酒拒否ってた理由これか……」
酒呑童子。
腹を抱えて笑う。
「なんやおもろいなお前!!」
すると。
ニャオミーが恐る恐る近づいた。
「こ、コハクさん……?」
コハク。
じっ。
「……かわいい」
「え?」
「あなたもかわいいー!!」
だきっ。
「わぁぁぁ!?」
今度はニャオミーが捕まった。
猫耳と尻尾がぶんぶん振られている。
「わぁ……」
「猫さんだぁ……」
「もふもふぅ……」
「ちょ、ちょっとぉ……!」
ルゥ。
腹を抱えて笑っている。
「猫耳まで巻き込まれておる!」
コハク。
くる。
ゆっくり振り返る。
「ルゥ」
「あなたも来なさい」
「何で我まで!?」
コハクがふらふらと歩いてくる。
両手を広げ、
今にも抱きつこうとしていた。
「なんでみんな逃げるのよぉぉぉ!!!」
「来るな!」
「逃げないでぇぇ!!!」
「気持ち悪いぞ狐!!」
とうとうルゥが捕まった。
ぎゅううう。
「うわぁぁぁ!?」
頬をぐりぐりされる。
頭まで撫で回される。
「ルゥもちっちゃくてかわいいぃ……」
「やめんかぁぁぁ!!」
ばしっ。
思わず。
ルゥの手が動いた。
コハクの頬を軽く叩く。
静寂。
全員。
「あっ」
やってしまった。
そんな顔だった。
ルゥも固まる。
「あ……」
しまった。
酒が入っているとはいえ、
さすがにやりすぎたかもしれない。
コハクはうつむいたまま動かない。
数秒。
沈黙が続く。
そして。
ゆっくり。
顔を上げた。
「……最高ぉ……」
目が。
ハートになっていた。
全員。
「え?」
「もっとぉ……」
「もっとお願いしますぅぅぅ」
ルゥ。
「は?」
次の瞬間。
コハクが飛びついた。
「きゃあああ!」
「なんでそうなるんじゃぁぁぁぁ!!」
全力で逃げる。
追う。
逃げる。
追う。
月明かりの下、
龍神と九尾が全力疾走を始めた。
「待ってぇぇぇぇ」
「来るなぁぁぁぁ泣!!」
ニャオミーが腹を抱える。
「コハクさん面白すぎ」
ユウトも笑いを堪えきれなかった。
「まさかあのコハクがな……」
その時。
「おもろすぎやろ!!」
酒呑童子が腹を抱えて笑った。
コハク。
ぴたり。
止まる。
ゆっくり。
振り返る。
「……うるさい」
「ん?」
「ウザいんじゃあああーーー!!!」
今度は。
酒呑童子を追いかけ始めた。
「なんでやねん!」
酒呑童子は笑いながら逃げる。
「愉快愉快!」
鬼。
九尾。
全力疾走。
それを見て。
ユウトはもう止めるのを諦めた。
静かに座り込む。
そして。
空を見上げた。
満月だ。
「……なんなんだよこれ」
ニャオミーも隣へ座る。
「私も分かんなくなってきた……」
二人で遠い目をした。
――さらに一時間後。
宴は終わった。
コハクは縁側でぐっすり眠っている。
ルゥもぐったりしていた。
酒呑童子だけが元気だった。
相変わらず、
月露の雫を飲んでいる。
「化け物か……」
ユウトが呟く。
すると。
酒呑童子が小さく笑った。
「鬼やからな」
その返事だけは、
妙に格好よかった。
しばらく。
静かな時間が流れる。
風が吹く。
虫の声が聞こえる。
そして。
酒呑童子がふっと空を見上げた。
さっきまで笑っていた顔から、
表情が消える。
「さて」
ぽつり。
低い声だった。
ユウトが顔を上げる。
酒呑童子は月を見つめたまま、
静かに言う。
「ほな」
「鬼神面の話をしよか」




