第三十六章 帰る場所
九尾の里へ着いた頃には、
すっかり夕方になっていた。
赤い空が町を染めている。
見慣れた門。
見慣れた通り。
見慣れた家々。
ユウトは少し懐かしさを感じていた。
妖の国へ来てから、
まだそれほど時間は経っていない。
それなのに。
色々ありすぎた。
「帰ってきたわね」
コハクが小さく呟く。
その横顔は少し柔らかかった。
ルゥも辺りを見回す。
「相変わらず平和そうじゃな」
「そうね」
ニャオミーは不思議そうな顔をしていた。
「でもやっぱり普通の町よね」
「九尾の里って言われてもピンとこないかも」
ユウトも頷く。
確かにそうだった。
猫又王国みたいな派手さはない。
猫耳だらけでもない。
狐だらけでもない。
普通に色んな妖怪が歩いている。
天狗。
狸。
河童。
鬼。
まるで妖怪達の共同生活地帯だった。
「だから言ったでしょ」
コハクが苦笑する。
「今は九尾より他の妖怪の方が多いの」
その時だった。
通りを歩いていた妖怪達が、
コハクへ気付く。
「あっ」
「コハク様だ」
「帰ってきたんだな」
自然と頭を下げる。
ユウトは少し驚いた。
やっぱり九尾は特別らしい。
コハク本人は慣れているのか、
苦笑しながら手を振っていた。
やがて一行は、
町の奥にあるコハクの家へ到着した。
玄関を開ける。
すると。
「おや」
聞き慣れた声がした。
縁側でお茶を飲んでいたお婆ちゃんが、
こちらを見て微笑む。
「帰ってきたのかい」
「ただいま」
コハクが答える。
お婆ちゃんは嬉しそうに頷いた。
「元気そうで安心したよ」
「お婆様は相変わらずね」
「そう簡単にくたばらないさ」
即答だった。
ユウトは思わず笑う。
お婆ちゃんも全く変わっていなかった。
その時。
お婆ちゃんの視線が、
たぬぷぅへ向く。
「あらあら」
「たぬぷぅも元気だったかい」
「げんき」
「今日もかわいいねぇ」
「かわいい」
即答だった。
ニャオミーが吹き出す。
「否定しないんだ」
たぬぷぅは気にせず、
妖蜜みたらし団子を食べている。
お婆ちゃんはそんな姿を見て、
満足そうに頷いた。
そして。
ふと思い出したように言う。
「あれ?」
「そういえば」
コハクが嫌な予感を察した顔になる。
お婆ちゃんは構わず続けた。
「たぬぷぅ抱き枕は持っていかなかったのかい?」
コハクが固まった。
ユウトも固まる。
ニャオミーも固まる。
ルゥだけがニヤリとした。
「ああ、あれか」
「やめて」
コハクが即答する。
しかし。
お婆ちゃんは止まらない。
「頼んだ時は」
「一生これと寝るって言っておったじゃろ?」
「言ってない!!」
「言ってそう」
ユウト。
「多分言ってたわね(知らない)」
ニャオミー。
「いってたかも(しらない)」
たぬぷぅ。
「たぬぷぅまで!?」
コハクが悲鳴を上げる。
ルゥは腹を抱えて笑っていた。
久しぶりに賑やかな空気だった。
やがて。
夕食の準備が終わる。
皆で食卓を囲む。
しばらく旅の話をした後。
ユウトは真面目な顔になった。
「実は聞きたいことがあるんです」
お婆ちゃんが視線を向ける。
「なんだい?」
ルゥが答えた。
「神宝じゃ」
その瞬間。
お婆ちゃんの動きが止まる。
箸を持つ手が、
ほんの少しだけ止まった。
部屋が静かになる。
コハクも気付いたらしい。
「お婆様?」
お婆ちゃんは数秒黙った後、
ゆっくり息を吐いた。
そして。
どこか懐かしそうに笑う。
「神宝かい」
「それはまた」
「随分と昔の名前を聞いたねぇ」
その目は、
遠い過去を見ているようだった。




