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第二十六章 居場所

応接室は静まり返っていた。


先ほどまでの笑い声が嘘のようだった。


王は静かに椅子へ腰を下ろす。


向かいにはニャオミー。


いや。


ルミナリア・ムーンフェリス・ピアステイル。


猫又王国第一王女。


ユウトたちは少し離れた場所で見守っていた。


誰も口を開かない。


重たい沈黙だけが流れる。


やがて。


王が静かに口を開いた。


「心配した」


短い言葉だった。


けれど。


その一言だけで十分だった。


ニャオミーの耳がぴくりと動く。


「……ごめんなさい」


王は怒らなかった。


責めもしなかった。


ただ小さく息を吐く。


「お前がいなくなった日から、城は大騒ぎだった」


「護衛隊も家臣たちも総出で探した」


「街の者たちも心配しておった」


ニャオミーは目を伏せる。


王は続けた。


「クグも毎日のように探しておったぞ」


クグが少しだけ視線を逸らした。


「言わないでください」


「事実じゃろう」


「だから言わないでください」


珍しく困った顔をしている。


ニャオミーは少しだけ笑った。


その空気に救われたように。


王も小さく笑う。


そして再び娘を見る。


「なぜ逃げた」


静かな問いだった。


責める声ではない。


ただ知りたかった。


娘の本当の気持ちを。


ニャオミーはしばらく黙っていた。


何度も言おうとして。


何度も飲み込んできた言葉。


それをゆっくりと吐き出す。


「外に出たかったの」


王は黙って聞く。


「知らない街を歩いてみたかった」


「知らない人と話してみたかった」


「冒険もしてみたかった」


少しずつ。


胸の奥に閉じ込めていた想いが零れていく。


「槍の訓練も好きだった」


「体を動かすのも好きだった」


「強くなるのも好きだった」


ニャオミーは小さく笑う。


けれど。


どこか寂しそうだった。


「でも姫だから駄目」


「危ないから駄目」


「外へ出るのも駄目」


王は何も言わない。


ニャオミーも責めているわけではなかった。


ただ。


知ってほしかっただけだった。


「立派な王女になりたくなかったわけじゃないの」


「お勉強も頑張った」


「礼儀作法も頑張った」


「でも……」


顔を上げる。


瞳は真っ直ぐだった。


「私は冒険したかった」


部屋が静まり返る。


王はその瞳を見つめていた。


家出した日の瞳。


旅へ出ると決めた日の瞳。


そして今。


仲間と出会い。


世界を知った娘の瞳だった。


長い沈黙のあと。


王は小さく笑った。


「そうか」


それだけだった。


ニャオミーが目を見開く。


もっと怒られると思っていた。


もっと叱られると思っていた。


だが。


王は疲れたように目を閉じた。


「私は守ることばかり考えていた」


静かな声だった。


「お前はこの国の第一王女だ」


「国の宝でもある」


「だから失いたくなかった」


「危険な目に遭わせたくなかった」


王は苦笑する。


「気付けば」


「守ることばかりに必死になっていた」


そして。


少しだけ寂しそうに続けた。


「守っているつもりで」


「閉じ込めていたのだな」


ニャオミーの瞳が揺れる。


「お父様……」


その時だった。


「はい」


ユウトが手を挙げた。


全員が振り向く。


コハクが呆れた顔をする。


ルゥは面白そうに見ている。


クグは嫌な予感をしていた。


「なんだ」


王が尋ねる。


ユウトは少しだけ頭をかいた。


「俺たち、今いろんな場所を旅してるんです」


「うむ」


「最近、妖魔もおかしいし」


「変な異変も増えてる」


王は黙って聞いていた。


「だから」


「ニャオミーの力が必要なんです」


ニャオミーが目を丸くする。


ユウトは続けた。


「槍も強いし」


「結構頼りになるし」


「なんかぬけてるし」


「最後のいる?」


コハクが突っ込む。


ユウトは笑った。


「それに」


少しだけ真面目な顔になる。


「もう仲間なんで」


ニャオミーが固まる。


ルゥが頷く。


コハクも微笑む。


クグは少しだけ驚いた顔をしていた。


ユウトは続ける。


「帰る場所があるのって大事だと思うんです」


「でも」


「行きたい場所があるなら」


「行ってもいいと思う」


部屋が静かになる。


「帰る場所があるから」


「安心して前に進めることもあるし」


王はしばらく考え込んでいた。


そして。


ゆっくり立ち上がる。


ニャオミーの前まで歩く。


娘の顔を見る。


幼かった頃を思い出すように。


「ルミナリア」


本名で呼ばれる。


ニャオミーは顔を上げた。


王は優しく微笑んだ。


「行ってこい」


ニャオミーの目が大きくなる。


「……いいの?」


震える声だった。


王は頷く。


「好きなだけ世界を見てこい」


「そして」


王は娘の頭を優しく撫でた。


「疲れたら帰ってこい」


「ここはお前の家だ」


その瞬間だった。


堪えていた涙が溢れる。


「お父様……!」


ニャオミーは勢いよく抱きついた。


王も静かに娘を抱きしめる。


長い間すれ違っていた親子だった。


けれど。


嫌いだったわけじゃない。


大切だったからこそ。


上手く伝えられなかっただけだった。


その様子を見ながら。


クグは小さく笑った。


そして。


少しだけ肩の力を抜く。


ようやく分かった気がした。


自分が守りたかったものが。


王妃ではなく。


彼女自身だったことを。


数日後。


旅立ちの日。


城門の前には大勢の人々が集まっていた。


兵士たち。


侍女たち。


街の人々。


皆が笑顔で手を振っている。


ニャオミーは振り返る。


故郷。


家族。


帰る場所。


全部そこにあった。


そして。


隣には仲間たちがいる。


ユウトが笑う。


「行くか」


ニャオミーも笑った。


「うん!」


その笑顔は。


旅に出た日より。


ずっと眩しかった。

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