第三章 最強龍神、なぜかついてくる
山道を、ユウトはひたすら歩いていた。
空はすっかり暗くなり、木々の隙間から月明かりが差し込んでいる。
聞こえるのは、風の音と――。
しゃり、しゃり。
後ろからついてくる足音。
「……」
ユウトは立ち止まった。
すると後ろの足音も止まる。
恐る恐る振り返る。
「……」
いた。
淡紫色の髪を揺らした少女――ルゥが、数メートル後ろに立っている。
目が合った瞬間、ルゥはすっと視線を逸らした。
「……何してるんだ?」
「別に」
「いや絶対ついてきてるだろ」
「違うのじゃ!」
「じゃあなんでいるんだよ!?」
ルゥは顔を真っ赤にして指を突きつけてくる。
「監視じゃ!」
「絶対違うだろ!?」
「違わぬ!」
「いやさっきからずっと後ろいるじゃん!」
ルゥはうぬぬ……と悔しそうに唸った。
その割に、ユウトが歩き出すとちゃんと後ろをついてくる。
(……めちゃくちゃ寂しがり屋じゃないか?)
しばらく歩くうち、周囲は完全に夜になっていた。
「今日どこで寝ればいいんだ……」
スマホは圏外。
現在地不明。
食料なし。
人生でここまで遭難したことはない。
すると後ろから、ふん、と得意げな声がした。
「その程度で慌てるとは未熟じゃな」
「普通慌てるだろ」
「我に任せるがよい!」
ルゥは胸を張る。
さっきまでフラフラだったくせに、妙に偉そうだ。
彼女は近くの木の下へ向かうと、枝を集め始めた。
「火を起こすのじゃ!」
「お、おぉ……」
なんだかんだ頼もしい。
やっぱり龍神ってすごいのかもしれない。
ルゥは得意げに両手を前へ突き出した。
「見ておれ」
次の瞬間。
ぼっっっ!!!!
「うわぁぁぁっ!?」
火柱が上がった。
枝どころか周囲の草まで燃え始める。
「ちょっ!? 山火事!! 山火事!!」
「ぬっ!? お、おかしいのう!?」
「火力調整って知ってる!?」
二人は慌てて土をかけ、なんとか消火する。
結果。
真っ黒になった二人が、その場に座り込んでいた。
「……」
「……」
「……すまぬ」
ルゥがしょんぼり呟く。
ユウトは思わず吹き出した。
「ははっ……なんだよそれ」
「笑うでない!」
「だって龍なのに火下手なの面白すぎるだろ!」
「うるさいのじゃ!」
ぷんすか怒るルゥ。
でもその顔は、少しだけ楽しそうだった。
そのあと、川で魚を捕まえたまでは良かった。
しかし。
「できたのじゃ!」
ルゥが差し出してきた魚は、完全に炭だった。
「黒っ!」
「焼けておるぞ!」
「焼けすぎなんだよ!」
「細かいことを気にするな!」
「食えるかぁ!!」
ぎゃーぎゃー騒ぎながら、結局焦げていない部分を少しずつ食べる。
不思議だった。
こんな状況、本当なら最悪のはずなのに。
なぜか少しだけ楽しい。
夜。
焚き火の火が、ぱちぱちと音を立てている。
ユウトが木にもたれながらぼんやりしていると、
「……ユウト」
隣から、小さな声が聞こえた。
「ん?」
ルゥは焚き火を見つめたまま呟く。
「……人間は、もっと嫌なやつばかりじゃと思っておった」
「……」
「我らを恐れ、利用し、忘れていく。…じゃが、おぬしは…。
おぬしは、変じゃ。
助けを求めておらぬ龍を助ける。
危険な妖魔の前にも立つ。
……何者なのじゃ?」
静かな声だった。
そこには、長い時間の孤独が滲んでいた。
ユウトは少し迷ってから口を開く。
「……ルゥ」
「なんじゃ」
「俺、お前が思ってるような立派なやつじゃないぞ」
「?」
ルゥが首を傾げる。
ユウトは焚き火を見つめながら、小さく息を吐いた。
「実は俺、自分でも何が起きてるかわかってないんだ」
「どういう意味じゃ?」
「気づいたらここにいた」
ユウトは話し始めた。
雨の日。
小さな白い妖怪。
神社。
歪んだ鳥居。
そして、落下したこと。
ルゥは黙って聞いていた。
話が終わると、小さく目を細める。
「……境渡り(さかいわたり)か」
「え?」
「稀におるのじゃ」
ルゥは静かに言う。
「異界より、この地へ迷い込む者が」
「……異界」
その言葉で、ようやく現実味が湧いた。
ここは本当に、自分の知らない世界なのだ。
「……俺、帰れないのかな」
ぽつりと漏れる。
するとルゥは少しだけ黙り込み――やがて問いかけた。
「帰りたいのか?」
「……」
ユウトは答えに詰まる。
怖い。
不安だ。
でも。
頭に浮かぶのは、あの白髪の小さな妖怪だった。
「……あの子は探したい」
ルゥは少し驚いたように目を瞬く。
「自分のことより、あの小妖か」
「だって迷子っぽかったし」
「変なやつじゃのう」
「お前には言われたくない」
ルゥはふっと小さく笑った。
そして。
「……ならば」
「?」
「しばらく共に来るがよい」
ユウトが目を丸くする。
「え?」
「か、勘違いするでない!」
ルゥは慌てて立ち上がる。
「おぬしは異界渡りじゃ! 放っておくとすぐ死にそうじゃし、監視が必要なのじゃ!」
「また監視って言ったな」
「監視じゃ!」
「絶対違うだろ……」
ぷんすか怒るルゥを見ながら、ユウトは思わず笑ってしまう。
こうして。
異界から来た少年と、
孤独な龍神の少女の旅が始まった。




