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癒しスキルの俺に、あやかしたちが集まりすぎる  作者: たぬたぬ


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第二章 淡紫の龍神

読んでくださっている皆さまこんにちは、作者です。一度4話目までUPしていましたが、細かな部分書き直しをするため一度下げました。頭では8章くらいまで構想があるので、週1を目処にそのあたりまでかけたらなとおもってます。

頬に触れる風は驚くほど冷たく、まるで冬の川辺に立っている時みたいに、じわじわと体温を奪っていった。


その感覚に意識を引き上げられるようにして、ユウトは重たいまぶたをゆっくり開く。


「……っ」


最初に目へ飛び込んできたのは、空だった。


けれど、それはユウトの知っている空ではない。


薄紫色に染まった雲がゆっくりと流れ、その下には深い山々が幾重にも連なっている。


木々の隙間からは、蛍にも似た青白い光がふわふわ漂っていて、風が吹くたびに淡く揺れながら夜の森を照らしていた。


どこか幻想的で、綺麗で――同時に、得体の知れない不気味さがあった。


「ここ……どこだ……?」


ユウトは混乱した頭を押さえながら、ゆっくりと身体を起こす。


湿った土の匂いが鼻を掠め、服の裾には枯れ葉が貼りついていた。


身体に痛みはない。


けれど目の前の景色が現実離れしすぎていて、自分が今どこにいるのかまるで理解できなかった。


ついさっきまで、自分は学校帰りだったはずだ。


六月の雨の中を歩いていて、電柱の陰に立つ白髪の少女を見つけて――。


「……あの子」


脳裏に、小さな少女の姿が浮かぶ。


濡れていない白い髪。


透けるように薄い身体。


夜の獣みたいに妖しく光る金色の瞳。


そして、古びた鳥居の前で振り返り、ふわりと笑ったあの不思議な笑顔。


その光景を思い出した瞬間、背筋にぞわりと冷たいものが走った。


夢じゃない。


あれは確かに現実だった。


だからこそ怖い。


見たこともない山々。


知らない空。


聞いたことのない風の音。


自分の知っている世界が、どこにも存在していない。


「っていうか……スマホ!?」


ユウトは慌ててポケットを探り、半ば縋るような気持ちでスマホを取り出した。


けれど、画面は真っ暗なままで、電波表示には無情な“圏外”の二文字だけが浮かんでいる。


「終わった……」


思わず漏れた声は、自分でも引くほど情けなかった。


周囲を見回しても、人の気配はまるでない。


あるのは細い山道と、古びた木造の灯籠だけだ。


苔むした灯籠はところどころ欠けていて、長い年月ここに放置されていたことを感じさせる。


それでも一定間隔で並んでいるおかげで、かろうじて“道”だとは分かった。


「と、とにかく……人を探さないと」


不安を押し込めるように呟き、ユウトは恐る恐る山道を歩き始める。


その時だった。


ガサッ。


「……!」


背後の茂みが大きく揺れた。


反射的に振り返ったユウトは、そこで言葉を失う。


そこにいたのは、犬のような四足の獣だった。


だが、おかしい。


顔だけが、人間だった。


裂けるほど大きな口。


泥みたいな黒い液体をだらだら垂らし、ぎょろりと濁った目玉がユウトを見つめている。


皮膚は腐った肉みたいに爛れ、身体のあちこちから黒い煙のようなものが漏れていた。


「ッ――」


目が合った瞬間、本能が叫ぶ。


ヤバい。


アレは絶対にダメなやつだ。


化け物は口元を歪めると、ぐちゃり、と湿った音を鳴らして笑った。


『ミィツケタァ』


「うわぁぁぁぁっ!?」


ユウトは全力で駆け出した。


木の根に躓きそうになりながら、必死に山道を走る。


肺が痛い。


呼吸が苦しい。


それでも後ろから、ずる、ずる、と何かを引きずる音が途切れることなく追いかけてきた。


「なんなんだよあれ!? なんなんだよマジでぇっ!!」


半泣きだった。


すると突然、視界が開ける。


「……え?」


森を抜けた先には、小さな広場があった。


そして、その中心に――“それ”はいた。


巨大な龍。


淡い紫色の鱗は夜の光を受けて神秘的に輝き、長い胴体は静かな湖みたいにしなやかだった。


銀色の角は片方が折れ、長い尾が地面へゆったりと伸びている。


その姿はあまりにも幻想的で、ただそこに存在しているだけなのに、周囲の空気そのものが震えているようだった。


まるで神話の生き物だ。


だが、その美しい身体は黒い穢れに侵されていた。


どろどろとした闇が鱗の隙間を這い回り、脈打つように広がっている。


龍は苦しそうに息を吐き、喉の奥から低い唸り声を漏らしていた。


それでも。


それでもなお、圧倒的だった。


「なんだよ……これ……」


ユウトは呆然と立ち尽くす。


ただ見上げているだけなのに、膝が震える。


生き物としての“格”が違いすぎる。


近くにいるだけで、自分が小さな虫になったような錯覚を覚えた。


その瞬間だった。


『ギィィィィ――!!』


背後から妖魔が飛びかかってくる。


「うわっ!?」


ユウトが反射的に身を守った、その時。


龍の瞳がゆっくり開いた。


赤紫色の瞳だった。


次の瞬間、空気がズンッと重く沈む。


龍はただ、妖魔を見ただけだった。


それだけで、さっきまで襲いかかってきていた妖魔がぴたりと止まる。


震えていた。


怯えていた。


まるで格上の存在を前にした獣みたいに。


『ギ……ギィ……』


妖魔は後退る。


だが龍も限界だった。


黒い穢れはさらに身体を侵食し、その呼吸はどんどん弱くなっていく。


(……助けないと)


気づけば、ユウトの身体は動いていた。


怖い。


めちゃくちゃ怖い。


でも、この龍を放っておきたくなかった。


その瞬間、頭の奥で声が響く。


【癒しの手 発動可能】


「……え?」


同時に、右手が淡く光り始める。


意味は分からない。


でも、不思議と“こうすればいい”という感覚だけはあった。


ユウトは龍へ駆け寄り、その鱗へそっと手を触れる。


「頼む……っ!」


優しい白い光が広がった。


すると黒い穢れが、じゅわり、と音を立てて消え始める。


龍が目を見開いた。


次の瞬間、周囲へ激しい風が吹き荒れる。


「うわっ!?」


光が弾けた。


巨大だった龍の身体が縮んでいく。


長い尾が光へ溶け、鋭い爪は細く白い指先へ変わり、淡紫色の鱗はさらさらと揺れる髪へ姿を変えていく。


やがてそこに立っていたのは、一人の少女だった。


腰まで届く淡紫色の長髪は夜風を受けてゆるやかに揺れ、その隙間から覗く白い肌は月光みたいに淡く透き通っている。


瞳は深い赤紫色で、眠たげに細められているのに、不思議と目を逸らせない妖しい美しさがあった。


頭の横からは小さな銀色の角が覗いていて、それがかろうじて彼女が先ほどまで“龍”だったことを現実につなぎ止めていた。


少女の身に纏っている衣装も、この世界の空気に溶け込むような不思議なものだった。


白を基調にした和装に近い形ではあるものの、袖や裾には淡紫色の鱗を連想させる刺繍が細かく施されていて、布地そのものも光を受けるたび薄く儚い輝きを浮かべている。


肩口は大胆に露出しており、その華奢な身体つきとは裏腹に、彼女の周囲には山そのものが意思を持って傅いているような圧倒的な神気が漂っていた。


少女はふらりと身体を起こし、静かにユウトを見つめる。


「……穢れを、祓った……?」


鈴を転がすような声だった。


だが、その直後。


『ギャァァァァッ!!』


妖魔が再び飛び出してくる。


「っ!?」


ユウトが身構えた瞬間、少女は前へ出た。


長い髪が夜風に揺れ、赤紫色の瞳が静かに妖魔を見据える。


「……下がっておれ」


怒鳴ったわけではない。


なのに、その一言だけで空気が変わった。


風が吹き荒れ、木々がざわめき、空気そのものが震え始める。


「我を……誰だと思っておる」


次の瞬間、空が鳴った。


紫炎が一閃し、轟音と共に妖魔は跡形もなく消し飛ぶ。


「……え」


ユウトは呆然と立ち尽くすしかなかった。


その瞬間、空気が弾けるような感覚と共に、夜空のどこかで雷にも似た低い音が鳴り響いた。


ビリ、と大気そのものが震える。


森を満たしていた風が一斉に逆巻き、木々の葉がざわざわと不気味に揺れ始める。


ついさっきまで獲物を追い回していた妖魔は、その異変を感じ取った途端、目に見えて怯え始めていた。


『ギ……ッ』


化け物は後退る。


濁った目を見開きながら、信じられないものを見るように少女を見つめていた。


対する少女は静かなままだった。


長い淡紫色の髪を夜風に揺らしながら、細い指先をゆっくり持ち上げる。


その動きには焦りも力みもなく、まるで当然のようにそこへ“力”が集まっていく。


次の瞬間だった。


紫色の炎が、空間そのものを裂くように奔った。


轟音が鳴り響き、視界が真っ白に染まる。


爆風が広場を吹き抜け、ユウトは思わず腕で顔を庇った。


そして風が止んだ時には、さっきまでそこにいた妖魔の姿は、どこにも残っていなかった。


黒い煙すら残さず、完全に消滅していた。


「……え」


ユウトは呆然と立ち尽くす。


理解が…追いつかない。


さっきまで自分を殺しかけていた怪物が、一瞬で消えた。


しかも、あの少女はまるで息をするみたいに、それをやってのけたのだ。


少女は小さく息を吐きながら、ゆっくり腕を下ろす。


その横顔には疲労の色が滲んでいたが、それでもなお、近寄りがたいほど神秘的だった。


だが次の瞬間、その身体がふらりと揺れる。


「お、おい!?」


慌てて駆け寄ったユウトは、倒れそうになった少女の身体を反射的に支えた。


細い。


驚くほど軽かった。


華奢な肩が腕の中へ収まり、さらりと流れた淡紫色の髪から、雨上がりの花みたいな甘い香りがふわりと漂う。


すると少女は、びくりと身体を震わせた。


「さ、触るでないっ!」


「ご、ごめん!?」


勢いよく顔を上げた少女の頬は、みるみる赤く染まっていく。


眠たげだった赤紫色の瞳も今は落ち着きなく揺れていて、さっきまで妖魔を消し飛ばしていた存在と同一人物とは思えなかった。


「……まったく、おぬしは……」


少女は恥ずかしそうに視線を逸らし、小さく唇を尖らせる。


その仕草は年相応の少女みたいで、逆にユウトの頭を混乱させた。


「……変な人間じゃな」


ぽつりと零れた声は、どこか困ったようでもあり、少しだけ嬉しそうにも聞こえた。


その横顔を見て、ユウトはふと違和感を覚える。


強い。


圧倒的に強い。


なのに――どこか寂しそうだった。


「……なぁ」


「なんじゃ」


「お前、いったい何者なんだ?」


少女はすぐには答えなかった。


夜風が吹き抜け、長い髪を揺らす。静かな沈黙の中で、赤紫色の瞳だけがじっとユウトを見つめ返していた。


「さっきの力……どう見ても、強キャラだろ」


「強き者へ向かって“強キャラ”とは、ずいぶん妙な言い方をするの」


やがて少女は小さく鼻を鳴らし、呆れたように肩を竦めた。


「今さら気づくなど、間抜けめ」


そう言いながら、彼女はゆっくり空を見上げる。


淡紫色の長い髪が夜風へさらさらと流れ、折れた小さな銀角が月明かりを受けて鈍く光った。


「我はルゥ」


静かな声だった。


けれど、その名を口にした瞬間だけ、森の空気がわずかに張り詰める。


「この山を護っていた龍神じゃ」


「……龍神」


ユウトは思わず繰り返す。


あの巨大な龍の姿を思い出せば、むしろ納得しかなかった。


普通の人間なら、あんな存在感を放てるはずがない。


だが、気になる言葉があった。


「護っていた……って、昔の話なのか?」


「……」


その問いに、ルゥは少しだけ黙り込む。


やがて彼女は視線を落とし、自分の折れた角へそっと触れた。


「人間は、すぐ忘れる」


ぽつりと零れた声は、夜風に溶けるほど小さい。


「祈りも、約束も、居場所も……時が経てば、全部忘れてしまう」


その言葉には怒りよりも、長い時間を一人で過ごしてきたような寂しさが滲んでいた。


ユウトは返す言葉を失う。


軽々しく励ませる空気じゃない。


きっと、この龍神は長い間ずっと独りだったのだ。


するとルゥは、はっとしたように顔を上げる。


「べ、別に気にしておらぬぞ!」


「いや絶対気にしてるだろ」


「気にしておらん!」


ぷんすか怒るルゥ。


その姿はどこか子供っぽくて、ユウトは思わず苦笑する。


けれど、無理に明るく振る舞っているようにも見えた。


その時だった。


ぐぅぅぅぅ。


静かな山奥へ、場違いなくらい盛大な音が響き渡る。


「……」


「……」


数秒の沈黙。


ルゥはみるみる顔を赤くした。


「……聞くでない」


「無理だろ」


ユウトはとうとう吹き出してしまう。


するとルゥはさらに顔を赤くし、袖で口元を隠しながらぷいっとそっぽを向いた。


「ちょっと待ってろ。なんか食べられそうなの探してくる」


「……!」


その瞬間、ルゥの肩がぴくりと反応した。


赤紫色の瞳がちらりとこちらを見る。


その視線が妙に期待に満ちていて、ユウトは思わず笑ってしまった。


「じゃ、またあとで」


そう言って山道を歩き出す。


しばらく進んだところで、ふと気になって振り返ると、ルゥは広場の石へ腰掛けたまま、そっぽを向いていた。


けれど、長い尾の先だけが、どこか落ち着かなさそうに左右へ揺れている。


(……あの感じなら、大丈夫そうかな)


ユウトは小さく息を吐くと、再び前を向き、静かな夜の山道を歩き始めた。

Xはじめました @tanupu300

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