第二十二章 婚約者
カツン。
カツン。
地下牢に足音が響く。
ユウトは床に寝転がっていた。
完全にふてくされていた。
「納得いかねぇ……」
人生で二度も牢屋に入るとは思わなかった。
しかも二回とも無実である。
「理不尽すぎる……」
その時。
鉄格子の向こうに人影が現れた。
「失礼します」
聞き覚えのある声だった。
ユウトが顔を上げる。
そこにいたのは。
クグ・ズウォーネット・オーザだった。
「クズ男」
「略さないでください」
即答だった。
どうやら聞き慣れているらしい。
クグは小さくため息を吐く。
「食事をお持ちしました」
「牢屋に?」
「牢屋に」
「なんで本人が?」
「気になったので」
変な人だった。
クグは籠を差し出した。
中には温かそうなスープ。
焼き立てのパン。
果物。
どう見ても牢屋飯ではない。
「豪華だな」
「客人ですから」
「牢屋だけど?」
「客人です」
「牢屋だけど?」
「客人です」
会話が進まなかった。
ユウトは諦めてスープを受け取った。
一口飲む。
美味かった。
悔しい。
クグは鉄格子の前に立つ。
「申し訳ありません」
「何が?」
「今回の件です」
「お前が謝ることじゃないだろ」
「ですが」
クグは少し困ったように笑う。
「私も少し熱くなりました」
ユウトは思わず吹き出した。
「少しどころじゃねぇだろ」
「そうでしょうか」
「俺、一撃だったぞ」
「手加減はしました」
「余計ひどい」
クグは真面目に首を傾げる。
天然だった。
しばらく沈黙が流れる。
やがてユウトが聞いた。
「ニャオミーのこと」
クグの耳がぴくりと動く。
「好きなのか?」
クグは少し驚いた顔をした。
そして。
静かに笑った。
「もちろんです」
即答だった。
ユウトが逆に驚く。
「即答だな」
「幼い頃から一緒でしたので」
クグは懐かしそうに目を細める。
「よく城を抜け出しては叱られていました」
「ニャオミーが?」
「ええ」
想像できた。
クグは小さく笑う。
「木登りも好きでした」
「分かる」
「剣術も好きでした」
「分かる」
「池に落ちたこともあります」
「分かる」
全部分かった。
ニャオミーだった。
クグの表情は優しかった。
本当に大切に思っているのが伝わる。
「じゃあ」
ユウトが聞く。
「なんで捕まえたんだ?」
クグは少し黙った。
「心配だったからです」
静かな声だった。
「ルミナリアは優しい」
「うん」
「だから危険な目にも遭う」
「うん」
「実際、妖魔にも襲われている」
ユウトは言葉を失う。
確かにそうだった。
何度も危険な目に遭ってきた。
クグは続ける。
「だから私は」
「帰ってきてほしかった」
それは支配ではなく。
純粋な願いだった。
ユウトにも分かった。
だからこそ。
少しだけ複雑だった。
「でも」
ユウトは言う。
「ニャオミーは旅が好きだぞ」
クグは苦笑した。
「知っています」
「知ってるのか」
「知っています」
即答だった。
「昔からそうでしたから」
そして。
少しだけ寂しそうに笑う。
「だから困っているのです」
ユウトは何となく理解した。
クグは悪い奴じゃない。
むしろかなり良い奴だ。
だから余計に難しい。
その時だった。
ドンッ!!
突然。
地上から大きな音が響いた。
地下牢が揺れる。
天井の砂がぱらぱら落ちる。
ユウトとクグが同時に顔を上げた。
「今のは……」
次の瞬間。
警鐘が鳴り響いた。
ガン!!
ガン!!
ガン!!
地下牢全体に響き渡る。
ただ事ではない。
兵士たちの怒号が聞こえる。
「妖魔だ!!」
「西門が破られたぞ!!」
「負傷者を運べ!!」
クグの顔色が変わった。
「馬鹿な……」
ユウトも立ち上がる。
嫌な予感がした。
ものすごく嫌な予感が。
そして。
遠くから悲鳴が聞こえた。
猫又王国を揺るがす事件が。
今。
始まろうとしていた。




