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第十九章 逃げ猫

翌朝。


最初に異変へ気づいたのはルゥだった。


「……おい」


眠そうな声が響く。


「ニャオミーがおらん」



ユウトが飛び起きた。


部屋を見回す。


確かにいない。


荷物もない。


ベッドだけが綺麗に片付いていた。


「は?」


コハクも起き上がる。


「朝の散歩じゃないの?」


「荷物ごと消えておる」


ルゥが言った。


その一言で空気が変わる。




机の上に紙切れが置かれていた。


ユウトが手に取る。


そこには短く書かれていた。


『ごめんね』


それだけだった。




「いやいやいや」


ユウトが顔を上げる。


「ごめんねじゃないだろ」


「家出じゃな」




コハクが窓の外を見る。


「昨日の黒装束と関係あるわね」


全員が黙った。


それしか考えられない。




ルゥが立ち上がる。


「探すぞ」


「当たり前だろ」


ユウトも即答した。


「何か事情があるなら聞く」


「でも勝手に消えるのは無しだ」




たぬぷぅも頷く。


「なし」


「お前もそう思うか」


「おやつ返してもらってない」


「そっちか」




四人は宿を飛び出した。



聞き込みはすぐに進んだ。


目まで隠したフード姿は目立つ。


町外れへ向かったらしい。


そして。


昼過ぎ。


森の入口で足跡を見つける。


「こっちだ」


コハクがしゃがみ込む。


「急いで移動した跡がある」




その先で。


ルゥが足を止めた。


「……いる」


赤紫の瞳が細くなる。


風の向こう。


複数の気配。



四人は森を駆けた。


木々を抜ける。


坂を下る。


そして。


開けた場所へ出た。




「……!」


ユウトが目を見開く。


そこにいた。


ニャオミーだった。




だが。


一人ではない。




周囲を囲むように、


黒装束の男たちが立っていた。


五人。


いや。


もっといる。


森の奥にも気配がある。




全員が同じ紋章を身につけていた。


銀色の月と尾を組み合わせた印。




ニャオミーは槍を構えている。


だが表情は硬い。


今まで見たことがないほど。




男の一人が静かに言った。


「もう終わりです」


「帰りましょう」


ニャオミーは槍を握る手に力を込めた。


「嫌」


小さな声だった。


けれど、その一言には強い意思が込められていた。


男は困ったように息を吐く。


「お嬢様」


「王も大変心配されています」


「皆が帰りを待っています」


ニャオミーは首を振った。


「帰らない」


「お嬢様」


「帰らない!」


今度は叫ぶようだった。


男たちは顔を見合わせる。


その様子はどこか慣れていた。


まるで何度も同じやり取りを繰り返してきたかのように。


その時だった。


遠くから声が響く。


「おーーい!」


ニャオミーが振り返る。


木々の向こうから飛び出してきたのはユウトたちだった。


「ユウト!?」


思わず声が漏れる。


ユウトは息を切らしながら駆け寄ってきた。


「何勝手にいなくなってんだよ!」


「心配しただろ!」


その言葉にニャオミーは目を伏せる。


胸が少し痛んだ。


だからこそ黙って出てきたのに。


巻き込みたくなかったのに。


ルゥも前へ出る。


「説明せい」


「昨日から様子がおかしかったではないか」


コハクも静かに言う。


「何か事情があるなら聞くわ」


「一人で抱え込まないで」


ニャオミーは唇を噛んだ。


言えない。


言ったら全部終わる気がした。


男たちの視線が集まる。


逃げ道はない。


もう捕まる。


そう思った。


黒装束の男が一歩前へ出る。


「失礼ですが」


「皆様には関係のない問題です」


ルゥの眉がぴくりと動く。


「ほう?」


空気が少し張り詰める。


男たちはゆっくりと包囲を狭めていく。


ニャオミーの顔が青ざめた。


本当に終わりだ。


そう思った瞬間だった。


ニャオミーは勢いよくユウトの腕を掴んだ。


「え?」


ユウトが振り向く。


ニャオミーの顔は真っ赤だった。


涙目だった。


嫌な予感しかしない。


「ニャオミー?」


「ご、ごめん!!」


「何が!?」


そしてニャオミーは叫んだ。


「わ、私!」


一瞬息を吸い込む。


「この人と結婚するんですーーーっ!!」


森に絶叫が響いた。


ユウトが固まる。


ルゥも固まる。


コハクも固まる。


たぬぷぅだけが首を傾げた。


「けっこん?」


数秒の沈黙。


最初に動いたのはユウトだった。


「はああああ!?」


「初耳なんだけど!?」


「黙ってて!!」


「無茶苦茶だろ!!」


ニャオミーは必死だった。


腕にしがみつきながら続ける。


「そ、そうなの!」


「私たち愛し合ってるの!」


「今決めただろそれ!」


「いいから合わせて!」


「無理だろ!」


ルゥが呆れた顔をする。


「苦しすぎる嘘じゃな」


コハクも頷く。


「苦しいわね」


誰も信じていなかった。


だが。


妙なことに黒装束たちも動かなかった。


誰も反論しない。


誰も笑わない。


ただ静かに立っている。


まるで誰かの反応を待っているように。


やがて。


黒装束たちの中央から一人の男が歩み出た。


他の者たちとは明らかに雰囲気が違う。


背が高い。


立ち姿に気品がある。


男は静かにフードへ手をかけた。


さらりと銀色の髪がこぼれる。


整った顔立ち。


美しい猫耳。


どこか王族を思わせる空気。


その青年はニャオミーを見つめた。


優しく微笑みながら。


「結婚?」


穏やかな声だった。


けれど。


なぜかユウトの背筋が寒くなる。


青年は笑みを崩さない。


「聞き捨てなりませんね」


ニャオミーの肩がびくりと震えた。


青年は一歩近づく。


そして静かに名前を呼ぶ。


「ルミナリア」


その瞬間。


ルゥが目を見開いた。


コハクも驚いた顔になる。


ユウトだけが首を傾げた。


「ルミナリア?」


誰だ?


隣を見る。


ニャオミーは完全に固まっていた。


魂が抜けたみたいな顔だった。


「終わった……」


小さく呟く。


青年は優雅に一礼する。


そして当然のように言った。


「久しぶりですね」


「私の婚約者殿」


森が静まり返る。


ユウトは数秒考えた。


そして。


「え?」


間の抜けた声を漏らした。


どうやら。


思っていたよりずっと面倒な話らしい。

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