第十一章 フードの下の猫
翌朝。
青く澄み切った空の下、組合の前には朝早くから依頼へ向かう冒険者たちが集まっていた。
武器を背負った者、仲間と地図を広げる者、受付へ駆け込む者。それぞれが慌ただしく行き交う中、ユウトたちも組合の入口へ並んで立つ。
「というわけで」
ユウトはぐるりと仲間を見回した。
「今日からよろしく」
「……よろしくお願いします」
大きなフードを被った少女が、小さく頭を下げる。
ニャオミー。
昨日パーティへ加わったばかりの、新しい仲間だった。
相変わらず顔はほとんど隠れていて、見えているのは小さな口元と顎くらい。歩くたびに髪だけが裾から揺れている。
その姿を眺めたルゥが、腕を組んだまま真顔で言った。
「怪しいのう」
「怪しいわね」
コハクまでさらりと頷く。
「二人とも、初対面から失礼すぎない?」
「いや、怪しいじゃろ」
「怪しいでしょ」
見事なくらい意見が一致していた。
ニャオミーは肩をぴくりと震わせる。
「わ、私は怪しくないです……」
「その格好で言われても説得力ないのじゃ」
「うぅ……」
しゅんと肩を落としながら、さらにフードを深く被る。
結果。
怪しさだけが増した。
「逆効果だぞ」
ユウトが苦笑すると、近くを歩いていた冒険者まで思わず吹き出していた。
今回受けた依頼は薬草採取。
初心者向けで報酬は六百文。
森の浅い場所に自生する薬草を集めるだけの、組合でも人気の依頼だった。
「戦闘も少ないし、今の俺たちにはちょうどいいな」
依頼書をしまいながらユウトが言うと、ルゥも小さく頷く。
「まずは顔合わせじゃな」
王都を出てしばらく歩くと、街道はやがて緑の濃い森へ続いていた。木漏れ日が揺れ、小鳥のさえずりが枝葉の間から聞こえてくる。風はひんやりとして心地よく、湿った土と草木の匂いが鼻をくすぐった。
ユウトは歩幅を合わせながら、隣を歩くニャオミーへ声を掛ける。
「そういえばさ」
「は、はい」
「白い女の子の話」
その一言で、ニャオミーの肩がぴくりと動いた。
「見たことあるって言ってたよな」
「……あります」
「どこで?」
少し考えるように視線を落とし、ニャオミーは静かに答える。
「三ヶ月くらい前です」
「山の中で見ました」
「山?」
「はい」
木漏れ日の向こうを思い出すように目を細める。
「あの子、一人で歩いてました」
「話したのか?」
「いえ」
首を横へ振る。
「気付いた時には……もう、いなくなってました」
その言葉にユウトは少しだけ残念そうに息を吐いた。
情報は少ない。
それでも、白い少女を見た人物にようやく出会えた。
今まで何も手掛かりがなかったことを思えば、それだけでも大きな前進だった。
ガサッ。
茂みが大きく揺れる。
コハクが立ち止まり、小さく呟いた。
「来るわ」
次の瞬間。
低い唸り声とともに、狼型の妖魔が飛び出してきた。
一体。
二体。
三体。
黄色い瞳が獲物を捉え、一斉に牙を剥く。
「我に任せるのじゃ!」
ルゥが前へ出ようとした、その時だった。
ヒュンッ!!
銀色の軌跡が視界を横切る。
「え?」
ユウトが目を見開く。
気付いた時には、ニャオミーが妖魔の真正面へ立っていた。
いつ抜いたのか、大きな槍が朝日を受けて白く光る。
フードの隙間から、白い猫耳がちらりと揺れた。
「っ!」
地面を強く蹴る。
猫のようにしなやかな踏み込みから繰り出された一撃が、真っ直ぐ妖魔の胸を捉えた。
ドガァッ!!
鈍い衝撃音とともに、一体目が宙を舞う。
木へ激突し、そのまま動かなくなった。
「は?」
ユウトは思わず声を漏らす。
速い。
それだけじゃない。
一撃が重い。
残った二体も間を与えない。
槍が弧を描き、風を裂く。
払い。
突き。
返し。
流れるような連撃に妖魔は反応する暇すらなく、数秒後には二体とも地面へ転がっていた。
森は再び静けさを取り戻す。
木々のざわめきだけが、何事もなかったように葉を揺らしていた。
ニャオミーが槍を下ろし、ゆっくり振り返る。
「お、終わりました」
「終わりましたじゃない!!」
ユウトが思わず叫ぶ。
「強っ!!」
「え?」
「めちゃくちゃ強いじゃん!?」
ニャオミーはきょとんと首を傾げる。
「そ、そうですか……?」
本気で分かっていないらしい。
ルゥは槍へ視線を向けたまま、小さく呟いた。
「妙じゃな」
「何が?」
「その槍じゃ」
コハクも静かに頷く。
「ただの旅人が持つ武器じゃないわ」
「えっ」
「かなりの業物よ」
「えっ」
「それに、その槍術」
コハクはニャオミーの構えを思い返す。
「長年鍛えた人の動きだった」
「えっ」
三度目の「えっ」が飛び出した。
見るからに動揺している。
ユウトはルゥと顔を見合わせた。
怪しい。
さっきより、ずっと怪しい。
その時だった。
たぬぷぅが、とことことニャオミーの前まで歩いていく。
「……すごい」
「へ?」
「かっこいい」
その一言だけだった。
ニャオミーは目を丸くし、数秒固まる。
やがて。
「え、えへへ……」
照れくさそうに笑った。
フードの後ろでは、隠しきれない尻尾がぶんぶんと左右へ揺れている。
「分かりやすっ!」
ユウトのツッコミに、一同から笑いがこぼれた。
薬草採取は予定より早く終わった。
帰り道。
茜色に染まり始めた空を見上げながら、ユウトはふと笑みを浮かべる。
戦力不足だったパーティに、頼もしい仲間が加わった。
白い少女へ繋がる手掛かりも見つかった。
順調だ。
少なくとも、この時はそう思っていた。
◇
その頃。
人の気配が消えた森の奥で、一人の男が静かに立ち止まっていた。
黒い外套が風に揺れ、足元には倒れた妖魔が数体転がっている。男はゆっくり膝をつき、その一体へ手を伸ばした。
触れた瞬間。
妖魔の身体から淡い光が静かに浮かび上がる。
赤い瞳が細められる。
男は何も言わず、その光をじっと見つめていた。
やがて光は粒となって空へ溶け、跡形もなく消えていく。男はゆっくり立ち上がると、森の奥へ視線を向ける。
「急がねばな」
低く漏れたその声だけを残し、黒い影は夕闇の中へ静かに消えていった。




