第九章 フードの応募者
パーティ募集の貼り紙を出してから二日。
組合の掲示板には、ユウトたちの募集用紙が一枚だけ寂しく揺れていた。
依頼を探しに来た冒険者たちは足を止めることもなく通り過ぎ、受付前では今日も賑やかな話し声が飛び交っている。
そんな中で、誰にも見向きもされない紙が一枚。
応募者は――ゼロだった。
「……人気ないのう」
受付前の椅子へ腰掛けたルゥが、お茶を一口すすって呟く。
「うるさい」
ユウトは机へ突っ伏し、大きく息を吐いた。
「普通さ、仲間募集したら誰か一人くらい来るもんじゃないの?」
「来ておらんではないか」
「誰も来てないんだよ!」
勢いよく顔を上げると、近くで書類を整理していた受付嬢が思わず吹き出した。
「まぁ、募集を出してまだ二日ですし。冒険者の方も、そんなにすぐ決めるものではありませんから」
「そういう問題かなぁ……」
肩を落としたユウトを見て、ルゥはどこか面白そうに笑う。
「おぬしらしい末路じゃ」
「どんな末路だよ……」
その時だった。
からん。
入口の鈴が澄んだ音を響かせる。
組合にいた冒険者たちが何気なく視線を向ける中、ゆっくりと扉が開いた。
そこへ立っていたのは、小柄な人物だった。
全身を包む大きなローブに、顔が隠れるほど深く被ったフード。袖口から覗く細い指先だけが、どこか落ち着かなげに動いている。
どう見ても怪しい。
「……」
「……」
「……」
組合の空気が、一瞬だけ止まった。
受付嬢は営業用の笑顔を浮かべながら、おそるおそる声を掛ける。
「えっと……募集の件でしょうか?」
こくり。
小さく頷く。
「応募者だ!」
ユウトが勢いよく立ち上がった。
待ちに待った、初めての応募者だった。
「名前は?」
しばらく沈黙が流れる。
フードの奥で何かを考えているようだったが、やがて小さな声が聞こえた。
「……ニャ」
「ニャ?」
「……ニャオミー」
「かわいい名前だな」
「っ!?」
フードの奥で肩がびくっと震えた。
ルゥは怪しむように目を細める。
「得意なことは?」
「戦うこと」
「武器は?」
「槍」
「強いのか?」
「かなり」
「どのくらいじゃ」
少し考え込んだあと、ニャオミーは真面目な声で答える。
「かなり」
「信用できぬ」
「即答かよ」
ユウトが思わず突っ込む。
「怪しい」
ルゥは腕を組んだまま頷いた。
「怪しい」
たぬぷぅまで同じように頷く。
「お前もか!?」
するとニャオミーが慌てて両手を振った。
「ち、違います!」
思わず声が大きくなる。
その瞬間だった。
ぴこっ。
フードの隙間から、白い猫耳が飛び出した。
組合中の視線が、一斉にそこへ集まる。
「…………」
ニャオミーは固まり、
「…………」
慌てて耳を押さえた。
もちろん遅い。
「猫」
ルゥがぽつりと言う。
「猫じゃな」
「猫だな」
ユウトも頷く。
「猫」
たぬぷぅまで真顔だった。
「違います!」
「何が!?」
「これはその!」
「猫耳だろ!?」
「猫耳じゃないです!」
「じゃあ何!?」
追い詰められたニャオミーは視線を泳がせ、数秒後、観念したように肩を落とした。
「……猫耳です」
「そうだろうな!!」
組合中に笑い声が広がった。
受付嬢は口元を押さえ、近くの冒険者たちまで肩を震わせている。
ニャオミーだけが真っ赤になって縮こまり、耳までぺたんと伏せてしまった。
笑いが落ち着くと、ユウトたちは改めて顔を見合わせる。
「……どうする?」
「怪しいのう」
ルゥが即答する。
「怪しい」
たぬぷぅもこくりと頷いた。
フードの奥で、ニャオミーの肩がしょんぼりと落ちる。
コハクは腕を組み、しばらく考え込んでから静かに口を開いた。
「正直、かなり怪しいわ」
「ですよね……」
「でも」
コハクは掲示板へ目を向ける。
誰にも手に取られない募集用紙が、風もないのにかすかに揺れていた。
応募者は――他にいない。
その事実だけが、妙に重かった。
ユウトは頭を掻きながら苦笑する。
「……まぁ、他に応募者もいないしな」
「なのじゃ」
ルゥも肩をすくめる。
「戦えるなら十分だろ」
「……ほんとですか?」
ニャオミーが恐る恐る顔を上げた。
フードの奥から覗く青い瞳が、不安そうに揺れている。
「怪しいのは事実だけど」
「うっ」
「俺たちのパーティだって、異世界人に龍神、未来が見える九尾に化け狸だ。今さら猫耳くらいで驚くような面子じゃない」
一瞬の静寂のあと、コハクがくすっと笑った。
「確かに。基準が壊れてるわね」
「そういうことだ」
ユウトが笑って手を差し出す。
「よろしく、ニャオミー」
ニャオミーは少し驚いたようにその手を見つめ、やがて安心したように微笑むと、小さくその手を握り返した。
「……よろしくお願いします」
こうして、怪しさ満点のフード少女――ニャオミーは、正式にユウトたちの仲間となった。
◇
組合を出ると、昼下がりの陽射しが石畳を白く照らしていた。
通りには露店が並び、焼き串の香ばしい匂いが風に乗って流れてくる。買い物帰りの人々が行き交い、街はいつも通りの賑わいを見せていた。
そんな中を、新しく五人になった一行は並んで歩く。
まだ加わったばかりのニャオミーは、少しだけ後ろを歩いていた。
緊張しているのか、何度もフードの位置を気にしている。
ユウトはそんな様子を横目で見ながら、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば」
「?」
ニャオミーが顔を上げる。
「なんで俺たちの募集に応募してくれたんだ?」
その問いに、ニャオミーは少しだけ足を止めた。
答えを探すように視線を落とし、小さく息を吸う。
「……あの貼り紙を見たからです」
「貼り紙?」
ユウトが首を傾げる。
ニャオミーは静かに振り返り、組合の入口を指差した。
そこには、募集用紙とは別に貼られた一枚の紙がある。
【白い髪の小さな女の子を探しています】
ユウトの表情が変わった。
「知ってるのか!?」
思わず身を乗り出す。
ニャオミーは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐ小さく頷いた。
「あの子……旅の途中で、一度だけ見かけました」
「本当か!?」
ユウトの声が弾む。
ようやく掴めた手掛かりだった。
ルゥとコハクも足を止め、真剣な表情でニャオミーを見る。
「どこで?」
「黒霞街道です」
「黒霞街道……」
コハクが小さく呟く。
王都から西へ続く、大きな街道の名前だった。
「あの子は一人だったのか?」
ユウトが続けて尋ねる。
ニャオミーは少しだけ迷うように視線を泳がせた。
「……いいえ」
その声が少しだけ重くなる。
「あの子の近くに、変な妖魔がいました」
その場の空気が変わった。
通りを歩く人々の笑い声が遠く聞こえる中、ユウトたちだけが立ち止まる。
「変な妖魔?」
コハクが眉をひそめる。
「見たことがない妖魔でした」
ニャオミーは思い出すように目を閉じた。
「あんな嫌な感じ……初めてでした」
その一言に、ルゥとコハクが視線を交わす。
白霧山で現れた異形の妖魔。
普通の妖魔とは明らかに違う、あの禍々しい気配。
「……まさか」
ルゥが低く呟く。
「同じかもしれぬな」
コハクも静かに頷いた。
最近起き始めた異変。
白い少女。
そして、見たこともない妖魔。
今まで点でしかなかった出来事が、一本の線になろうとしていた。
ユウトは強く拳を握る。
「黒霞街道か……」
白い少女へ繋がる、新たな手掛かり。
その言葉だけで胸が高鳴った。
「ありがとう、ニャオミー」
「い、いえ」
照れたようにフードを押さえ、ニャオミーは小さく笑う。
「役に立てたなら……よかったです」
ルゥはそんな二人を見て、どこか満足そうに頷いた。
「ふむ。拾って正解じゃったな」
「人を捨て猫みたいに言うな」
ユウトが苦笑すると、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。
新しい仲間。
新しい手掛かり。
五人になった旅は、ようやく次の一歩を踏み出そうとしていた。
◇
夜。
昼間の賑わいが嘘のように消えた組合は、静かな闇に包まれていた。
受付の明かりは落とされ、人気のない広間には、窓から差し込む月明かりだけが淡く広がっている。
掲示板には、昼間と変わらず一枚の紙が貼られていた。
【白い髪の小さな女の子を探しています】
そこへ音もなく、一つの影が闇の中から現れる。
黒い外套をまとった人影は足音一つ立てず掲示板の前へ立つと、その貼り紙を静かに見つめた。
長い沈黙。
そして。
「……見つけた」
低く押し殺した声が、誰もいない組合へ静かに溶けていく。
月明かりが、その横顔をわずかに照らした。
闇の奥で。
赤い瞳だけが、不気味な光を宿していた。




