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第百一章 消えた参拝者

ルゥは木札をそっと元の場所へ戻した。


崩れた祠を見つめる横顔は、どこか寂しそうだった。


「……あの子が来なくなってからじゃ。」


静かな声が森へ溶けていく。


「森の様子がおかしくなり始めたのは。」


ユウトが顔を上げる。


「おかしく?」


「最初は、本当に小さな異変じゃった。」


ルゥは祠の奥へゆっくり歩いていく。


昔は供え物が並んでいた場所には、今は落ち葉だけが積もっている。


「川の水が少し濁るようになった。」


「花が咲かぬ年もあった。」


「動物たちも、少しずつ姿を見せなくなっての。」


コハクが辺りを見回す。


「穢れ……?」


「いや。」


ルゥは首を横へ振った。


「まだ穢れではなかった。」


「もっと別の……嫌な気配じゃ。」


そう言って、一本の大木の前で足を止める。


幹には深い傷がいくつも残っていた。


まるで刃物で切り付けられたような跡だ。


ユウトは傷へ手を触れる。


木の傷とは思えない。


誰かが力任せに斬りつけたような跡だった。


「これ……。」


「人の傷じゃ。」


ルゥは静かに答えた。


「最初は獣かと思った。」


「じゃが違った。」


「森のあちこちへ、同じ傷が残されておった。」


一同は顔を見合わせる。


ニャオミーが小さく息を呑んだ。


「誰かが……わざと?」


ルゥは黙って頷く。


「その頃からじゃ。」


「我を探す者たちが、森へ入るようになったのは。」


ユウトの表情が険しくなる。


「龍神を?」


「うむ。」


ルゥは少し考えるように目を閉じた。


「最初は、会いに来たのかと思った。」


「じゃが違った。」


「皆、我を見る目が同じだった。」


「……力を見る目じゃ。」


その言葉に、誰も返事ができなかった。


風が吹き、木々が静かに揺れる。


ルゥは空を見上げ、小さく息を吐く。


「あの子だけは違った。」


「龍神様に会いたい。」


「ありがとうを伝えたい。」


「ただ、それだけじゃった。」


その声には、今でも少年を大切に思っている気持ちが滲んでいた。


その時だった。


ふわり、と風向きが変わる。


ルゥの耳がぴくりと動く。


「……来る。」


次の瞬間。


森の奥から、黒い靄がゆっくりと流れ出してきた。


木々の根元を這うように広がるそれは、まるで生き物のように形を変えながら、一行へ近付いてくる。


コハクが刀へ手を掛ける。


「穢れ……!」


ルゥは一歩前へ出る。


「皆、下がれ。」


黄金の瞳が鋭く細められた。


「この森は……まだ終わっておらぬ。」


黒い靄の奥で、何かがゆっくりと動いた。


木々を揺らしながら姿を現したその影を見て、ユウトは息を呑む。


「……あれは。」


巨大な咆哮が、静まり返った龍神の森へ響き渡った。

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